42話 翡翠鳥の止まり木
ルシアン殿下が悪魔憑きだという噂は、今や、王都中に広まっていました。
この王立貴族学院でもその噂は囁かれています。
その噂には、ルシアン殿下に取り憑いた悪魔は、王妃様が黒魔術で呼び出した悪魔だという尾ひれがついていました。
社交界や市井の噂が過熱するに従って、王立貴族学院の空気も変わり始めていました。
「王妃様が黒魔術の儀式を行っていたという噂よ……」
「悪魔憑きの話は眉唾としても、気味が悪いですね」
ルシアン殿下を遠巻きにして、生徒たちがヒソヒソと囁き合う光景は珍しくなくなりました。
以前は、私が遠巻きにされて陰口を囁かれていましたが、現在の陰口の渦中の人はルシアン殿下です。
(王妃様が黒魔術の儀式を行っていたなんて、そんな面白いお話はどなたがお考えになられたのかしら。こちら側に才能ある創作家がいるようね。黒百合の会のお方かしら)
以前はルシアン殿下の周囲には令嬢たちが何人もいましたが、今はルシアン殿下に寄り添っているのはセリーヌ様お一人だけです。
(悪魔の噂で立場を無くそうとしているルシアン殿下から、他の方々は距離を取られたというのに。セリーヌ様は今でもルシアン殿下に寄り添っていらっしゃる)
私はセリーヌ様の健気な姿に感動すら覚えました。
(やはりセリーヌ様は天使……)
「セリーヌ様」
私は意を決して、ルシアン殿下と連れ立っているセリーヌ様に声を掛けました。
「お話がしたいのですが、お時間をとっていただけないかしら」
「……!」
セリーヌ様は少し驚いたような表情で私を振り向きました。
ルシアン殿下は即座に私を睨みつけて言いました。
「フェリシア、何を企んでいる」
ルシアン殿下の質問に、私は正直に答えました。
「セリーヌ様とルシアン殿下をお助けできたら良いなと考えております」
「何が目的だ」
ルシアン殿下がそう問い返して来たので、私は再び正直に答えました。
「ですから、セリーヌ様とルシアン殿下をお助けすることが目的です」
「何の企みだ」
「ですから……」
私は同じ答えを繰り返しました。
ルシアン殿下には本当に話が通じません。
ルシアン殿下は私が悪巧みをしていると決めつけているようなので、私がルシアン殿下が望む形の何か悪そうな企みを語るまで、この繰り返しは続きそうですね。
「お話の続きは、後程いたしませんか。中央通りの『翡翠鳥の止まり木』というカフェをご存知?」
ユベール様に教えていただいたカフェなのですけれどね。
今まで勉強ばかりしていて世間のことに疎かった私に、ユベール様が教えてくださったのです。
ユベール様も、私とデートをするために、王都の人気スポットを人をやって調査させたようですが。
「知っています」
セリーヌ様はカフェ『翡翠鳥の止まり木』をご存知だったようです。
「では授業が終わった後、『翡翠鳥の止まり木』で待ち合わせいたしませんか?」
◆
「それで、今日の授業が終わったら『翡翠鳥の止まり木』に行く予定ですの」
お昼休みに、私はユベール様に予定を語りました。
「そういうことなら、私もご一緒しましょう」
「いえ、私一人で大丈夫ですわ。ユベール様はお勉強を優先してくださいな」
ユベール様は首席をとるために、最近は学院が終わった後は真っ直ぐ帰宅されて、お家で試験勉強をなさっています。
「しかしルシアン殿下が来るのでしょう?」
「大丈夫ですわ。セリーヌ様も一緒ですもの。ルシアン殿下がおかしなことはなさることはないでしょう」
「万が一ということもあります。ルシアン殿下が何かしたら女性だけで対処するのは難しいでしょう。私も行きます」
「大丈夫です」
「いやいや……」
私は大丈夫だと主張したのですが、結局ユベール様が私をエスコートしてくださることになりました。
ユベール様は過保護なのです。
◆
その日、学院の授業が全て終わると。
「では、フェリシア嬢、行きましょうか」
「はい」
私はヴェルニエ公爵家の馬車で、ユベール様と一緒に、王都の人気カフェ『翡翠鳥の止まり木』に向かいました。
私たちがカフェに到着すると、ちょうどルシアン殿下とセリーヌ様もいらっしゃいました。
ルシアン殿下が嫌そうな顔をしてユベール様を見ました。
「ユベールも一緒か……」
ユベール様は涼しい笑顔でルシアン殿下に答えました。
「はい。私はフェリシア嬢の婚約者ですので。フェリシア嬢をエスコートすることは私の責務です」
ユベール様のその言葉はルシアン殿下への嫌味にも聞こえます。
ルシアン殿下は私の元婚約者で、私をエスコートしてくださったことなどありませんから。
「私もセリーヌの婚約者だからな。何を企んでいるか解らんフェリシアに、セリーヌを一人で会わせるわけにはいかない」
あ、これは。
ユベール様の言葉をルシアン殿下は嫌味とは受け取らなかったようですね。
良かったのか、悪かったのか、複雑な気持ちになります。




