41話 幸運の鍵
「お父様、お話があります」
私は母の言動について父に告げ口をしました。
「お母様はまだ王妃様の味方をしています」
「そんなことはない」
「王妃様が悪魔憑きだとは頑なに認めたくないようです。それは王妃様に塩を送る行為ですわ。その行動がどういう意思表示として周囲に受け止められるのかという想像が出来ないのでしょうけれど。それでは困ります」
面倒臭そうにしている父に、私は言いました。
「お父様、お母様にきっちり教えておいてくださいませ。お母様の手綱を引き締められないようでは、いずれヴェルニエ公爵に見限られますわよ?」
「それは無いだろう。フェリシアはユベール殿と結婚するのだから」
私とユベール様との婚姻によってヴェルニエ公爵家とは縁が持てるため、安心しきっているのか、父は呑気なことを言いました。
ですから私は半ば脅すようにして釘を刺しました。
「私がユベール様と結婚するからと言って安心なさらないでくださいな。足手まといなど、いつでも切り捨てますわよ」
「フェリシアはユベール殿と結婚したいのだろう?」
「ええ、ですから、モンフォール公爵家が足手まといになるようでしたら、私はモンフォール公爵家の籍を抜けて、他家の養女になりヴェルニエ公爵家に嫁ぎますわ」
「当主の私の許しなく、そんなことができるものか」
「あら、方法はいくらでもありましてよ? たとえば王命とか」
「国王がそんな王命を出すわけがない」
「ヴェルニエ公爵であれば国王に要求を通すことは可能でしょう。ヴェルニエ公爵の派閥は今、宮廷で最も強い勢力となっておりますもの。ヴェルニエ公爵ご夫妻は、お父様ではなく、私の味方だということをお忘れなきよう」
「……っ!」
父は顔色を変えました。
「フェリシア、親を裏切るのか!」
「私をずっと裏切っていたのはお父様ではありませんか。お父様はいつも、私より王妃様を優先して、王妃様の味方をしていたでしょう」
「今は違う!」
「だったら、お母様をきちんと教育しておいてくださいませ」
私は父を見据えて言いました。
「ルシアン殿下は近々失脚します。次の王太子はユベール様。ヴェルニエ王朝の始まりです。王家となるヴェルニエ家に見限られたら、どうなるか……お解りですよね?」
「くっ……! ……解った。言い聞かせておこう」
◆
「と、父に釘を刺しておきましたの」
学院のお昼休み。
いつものようにユベール様とカフェテラスに行くと、私は家での出来事を話しました。
「おいたわしい……」
ユベール様は私に同情してくださいました。
「親の理解を得られないことは子供にとっては不幸です。私もずっとそれで苦労をして来ました……」
ユベール様は苦虫を噛み潰したような顔をして言いました。
「特に、親を尊敬できないことは不幸です。私とて、できることならば親を尊敬したかったです。しかし私の親は、私怨からの妄執で王位簒奪をライフワークにしているような親でしたので、どうしても尊敬できませんでした」
「王位簒奪が終わればヴェルニエ公爵ご夫妻の憑き物は落ちるのではないでしょうか」
「そうだと良いのですが……」
「強者のご機嫌を取るために自分の娘を貶めるような私の両親に比べたら、理由はどうあれ、ご家族のために強者にも抗うヴェルニエ公爵ご夫妻はご立派に思えます」
「たしかに私の両親は抗いますが、しかし、くだらない私怨を晴らすために自分の息子を道具にしようとする両親ですよ?」
「一長一短ですわね……」
「完璧な親など存在しないことは解っているのです。しかし残念な気持ちにならざるを得ません」
「それには同感ですわ」
私たちは家族問題についてしばし議論をしました。
「ルシアン殿下も親に恵まれなかったお可哀想なお方だとは思うのです」
私は最近考えていたことをユベール様にお話しました。
「王妃様の虚栄心のために、ルシアン殿下は身の丈に合わない役を演じなければならないのですもの」
「フェリシア嬢は優しすぎます。ルシアン殿下は今まで、政治の才能があると賞賛される状況を大いに楽しんでいましたよ」
ユベール様は苦笑しました。
「フェリシア嬢の案を流用して皆に賞賛されていたときの心地良さを、ルシアン殿下は忘れられないのでしょう。だから彼は積極的に余計なことを言ってしまうのです。解らないなら黙っていれば良いものを。会議で意見したら賞賛されたという成功体験が頭に刷り込まれていて、彼は今でも賞賛を求めて懲りずに余計な意見を言ってしまうのです」
「ルシアン殿下は失敗しても自信を喪失なさらないのね。なんて前向きなお方でしょう」
「ある意味、羨ましい性格ですね」
「どんな失敗の体験も、ルシアン殿下の心を折ることができないのですね」
「無敵ですね」
「無敵で無垢で、お可哀想なお方だこと」
「フェリシア嬢が気にする必要はないと思います」
「いいえ、気にしますわ」
私はユベール様に言いました。
「だって私の利益も絡んでいますもの。ルシアン殿下の利益は、私の利益ですわ」
「これから彼を、王太子の座から引きずり下ろすというのに?」
首を傾げたユベール様の疑問に、私は答えました。
「ルシアン殿下を廃太子することは、王妃様を失脚させたい私の利益であると同時に、ルシアン殿下を身の丈に合わない役目から解放して差し上げることでもありますもの」
私とルシアン殿下は、変なところで運命共同体です。
かつて婚約者同士だった私とルシアン殿下にとって、婚約破棄はお互いの望むところで、お互いの利益でした。
そしてルシアン殿下を廃太子することも、お互いの利益なのです。
「ルシアン殿下と私は、運命が深く重なって連動していることは事実ですわ」
「妬けますね」
「あら、ユベール様がルシアン殿下に嫉妬なさる必要はなくてよ。ユベール様は私の運命の幸運の扉を開いてくださった鍵ですもの」
私とルシアン殿下の婚約がすんなり解消されたのは、直前に、ユベール様がセリーヌ様との婚約を解消してくださったからです。
それで身軽になった天使セリーヌ様が、ルシアン殿下を私から奪ったくださったのです。
「ユベール様が、私に幸運をもたらしてくださいましたわ」
「それは光栄です」
「何故か、ユベール様は、ルシアン殿下にとっても幸運をもたらす鍵となる大切なお方ですが」
「それは気色悪いですね」
ユベール様の顔から表情が抜け落ちました。




