36話 泥船
「フェリシア嬢、母上のお茶会は、その……、どうでしたか?」
ヴェルニエ公爵夫人が主催するお茶会、という建前の、黒百合の会の集いは大盛況のうちにお開きとなりました。
お茶会に参加した貴婦人たちは、皆、希望に満ち溢れた明るいお顔でお帰りになりました。
私も今、帰路についています。
ユベール様が馬車に同乗して、私を家まで送ってくださっています。
「その、母上のご友人たちは……」
馬車の中で、ユベール様が少し不安そうな表情で私に問い掛けました。
「クセの強いお方が多かったでしょう。大丈夫でしたか?」
たしかにクセの強い方々でした。
「皆様とても良くしてくださいました。素敵な方々をご紹介くださってヴェルニエ公爵夫人には感謝しております。それに……」
心配顔のユベール様に、私は微笑んでみせました。
「王妃様の過去を知ることができて、とても味わい深いお茶会でした」
本当に、味わい深いお茶会でした。
心に刺さるお話、涙をそそるお話、怒りに震えるお話、などなど……。
様々なお話を聞くことができました。
王妃様が現在の地位に付くまでに、多くの犠牲の歴史があったことを知りました。
「王妃様には退いていただかなければ、この国の未来が危ういと痛感いたしました。王妃様が、ご優秀な方々を悉く排除してしまっていたのですもの」
悪貨は良貨を駆逐するとは、良く言ったものです。
「王妃様に退いていただくためには、ルシアン殿下に退いていただかなければ……。世継ぎの王子の母である限り、王妃様の権威は続くのですもの」
「そうですね。国王陛下が退いたとしても、次代がルシアン殿下である限り、王妃様の権威は続きます」
「ユベール様、皆様のためにも王太子になってくださいませ」
私がそうお願いすると、ユベール様はきりっとしたお顔で言いました。
「フェリシア嬢のために王太子になります!」
「もう、ユベール様ったら!」
ユベール様はいつも真っ直ぐに好意を示してくださるので、こちらが恥ずかしくなってしまいます。
「ユベール様は私のどこがそんなにお気に召しましたの?」
「フェリシア嬢と話しているととても楽しいのです。話が合う人に出会ったのは初めてでした。一生を共にするならフェリシア嬢しかいないと思いました」
それは何となく解る気がします。
私もユベール様とは話が合うので一緒にいて気楽なのです。
「私もユベール様とは話しやすくて、おしゃべりが楽しいですわ。こんなに話が通じるお方はユベール様が初めてです」
ユベール様もお勉強をなさっているので、大抵のことは説明の必要もなく解ってくださいます。
だからユベール様は話しやすいのです。
逆に、話が通じないお方がルシアン殿下です。
「ユベール様、私たちって気が合いますね」
「これはもう結婚するしかありませんね」
「そうですね。結婚しましょう」
「私たちはもう婚約しています。あとは結婚するだけですね」
「ええ、結婚式が待ち遠しいですわ」
「結婚式の日、フェリシア嬢の頭上には王太子妃のティアラが乗っていることでしょう」
「楽しみですわ。頑張ってくださいませ」
「はい」
私とユベール様はいつものようにじゃれ合いました。
そして私はふと思いついたことを相談しました。
「ユベール様、一つ不安がありますの。聞いていただけます?」
「はい、何なりと」
「泥船にお乗りになっていらっしゃるセリーヌ様が心配なのです」
ルシアン殿下が廃太子になることは大歓迎なのですが。
セリーヌ様はルシアン殿下と婚約していらっしゃいます。
「ルシアン殿下が廃太子となったら、セリーヌ様はどうなってしまうのでしょう。悪いことにならなければ良いのですが」
「フェリシア嬢は優しすぎます。セリーヌ嬢はルシアン殿下の婚約者になりたいという自らの邪な望みのために、フェリシア嬢の悪評を流し、フェリシア嬢を蹴落とそうとしたのですよ。どんな結果になろうとセリーヌ嬢の自業自得です。気にする必要はないでしょう」
「セリーヌ様は私を助けてくださった天使です。私はご恩返しがしたいのです」
私の身代わりに、セリーヌ様がルシアン殿下の婚約者になってくださったからこそ、私はあの泥船から下りることができたのです。
王妃様が舵をとる泥船から……。
「このままではセリーヌ様は泥船とともに沈んでしまうかもしれません。何とかお助けできたら良いのですが……」




