35話 黒百合の会(6)
「王妃様は失態を侍女になすりつけますので、それを知る者たちは逃げるようになりました」
元侍女の夫人がそう言うと、王妹殿下はさもありなんと頷きました。
「逃げて当然です。賢い者であるなら尚更」
他の方々も王妹殿下の言葉に同調して頷きました。
「だから王妃様付きの侍女は、今はろくな人材がいないのですわ」
「庭師たちは、王妃様の直接の命令は聞かないように、必ず侍従長に確認するようにと釘を刺されているそうよ」
「侍女たちにも侍女長が釘を刺しているわ。特に政治については、王妃様に質問されても、知らぬ存ぜぬで通して、決して答えないようにと」
政治?
政治を理解していると思えない王妃様が、侍女に政治の話をするとは。
「王妃様は政治について侍女に質問するのですか?」
「フェリシアさんならお判りでしょう」
ヴェルニエ公爵夫人が含みのある笑いを浮かべて言いました。
「フェリシアさんは今まで王妃教育で、政治についての課題を出されていたのでしょう?」
「……!」
そういうことですか。
私が王妃教育を受ける以前には、侍女が被害にあっていたのですね。
「王妃様はアイディアを流用するために、侍女に政治の質問をしていたのですね」
「そうよ。フェリシアさんが王妃教育を受けるまではね」
会ったこともない侍女たちに、私は同情しました。
皆様は口々に怨嗟を吐き始めました。
「できないことを認めて素直に教えを乞えばまだ可愛げがあるものを」
「虚栄心が強いからそれができないのでしょう」
「手柄を一人占めにしたい強欲ですものね」
「他人の功績を奪って身を飾って、賞賛されたときの気分の良さが忘れられず、あれは同じことを繰り返しているのです。猿のようにね」
怨嗟の声が渦を巻く中、ヴェルニエ公爵夫人が場を仕切り直しました。
「皆様、実は、ここからが本題です」
ヴェルニエ公爵夫人のその声に、皆が口を閉じて注目しました。
「フェリシアさんからとても素敵なご提案がありましたの。フェリシアさんのお話を聞きましょう」
「まあ!」
「何かしら」
皆様がわくわく顔で私を見つめました。
「まずは経緯からお話いたします。実は、私は最近、ルシアン殿下から悪魔憑きだと言われたのです」
注目を浴びながら私は語りました。
「私はルシアン殿下の婚約者だったときには、ルシアン殿下の成績を超えないようにと王妃様に指示されていたので学院の試験は手を抜いていました。ですが婚約解消しましたので試験で手を抜くことをやめました。当然、私の成績は上がりました。すると、ルシアン殿下は、私の試験の成績が急に上がったのは悪魔と契約したからだろうとおっしゃいました。ルシアン殿下は私を悪魔祓いをすると息まいていらっしゃいます。ですが、急に変わったのは私だけではありませんわ」
神妙なお顔をなさっている皆様に、私は笑顔で言いました。
「ご聡明だと評判だった王妃様とルシアン殿下が、最近、急に不出来になられたのです。急にお変わりになった王妃様とルシアン殿下についても、悪魔が憑いたと言えるのではないでしょうか」
もちろん真実は、悪魔が原因ではありません。
王妃様とルシアン殿下が急に不出来になったのは、私が書く台本がなくなったからです。
でもそのことを認めないなら、お二人は急に不出来になったことになります。
私が提出した課題を台本としていたことを認めた場合。
王妃様とルシアン殿下がご聡明だったという評判は消えてなくなります。
さらにルシアン殿下は、裏方を務めていた私を不出来だと蔑んで婚約破棄をつきつけましたから、評判は地の底まで落ちることでしょう。
私の案を流用していながらルシアン殿下の行動を止めなかった王妃様も同様です。
もしかするとお二人を諫めなかった国王陛下も巻き添えになるかもしれませんね。
一方、台本の存在を認めなかった場合。
王妃様とルシアン殿下は急に不出来になって人が変わったことになりますから、それは悪魔に取り憑かれたからだと言えます。
どちらに転んでも王妃様とルシアン殿下は詰みです。
「王妃様とルシアン殿下は悪魔憑きであると、私は教会に相談しようと思っております」
「素晴らしいアイディアだわ!」
「ぜひ協力させてくださいな!」
「早速、噂を広めましょう!」
「私も協力いたします!」
皆様は嬉々として協力を申し出てくださいました。
「こんな素晴らしい案を思いつくなんて!」
「フェリシアさんのおかげであの女を追い落とす大義名分を得ましたわ」
「教会も味方にできる名案ですね。フェリシアさん、素晴らしい智謀です!」
「フェリシアさんは本物の才女ね!」
皆様は口々に私の案を褒めてくださいました。
でも実は、これ、ルシアン殿下の発案です。
急な変化があったら、私は変化の原因について論理的に考えてしまいますが。
ルシアン殿下は、私の成績が急に上がったことについて、即座に「悪魔と契約した」という幻想的な結論を出しました。
知識がないルシアン殿下だからこそ、そんな曲芸的な発想ができたのだと思います。
私はどうしても知識に邪魔されて知識の枠を当てはめて考えてしまいますが、知識がないルシアン殿下の思考は大草原のように自由なのでしょうね。
(ずっとルシアン殿下は私の案を流用していたのだから、一つくらい、ルシアン殿下の大草原から生えた案を拝借しても良いですよね?)
ルシアン殿下は、何の非もない私に婚約破棄をつきつけたのですもの。
こちらも婚約破棄したかったので、結果的には話し合いで穏便に婚約解消となりましたけれど。
浮気をしたあげく何の非もない婚約者に婚約破棄をつきつけたら、契約違反となりますので、本来であれば浮気と婚約破棄をした側が賠償金を支払うべき案件です。
ルシアン殿下は、本来なら私に賠償金を支払うべきなのです。
(賠償金代わりに、ルシアン殿下の大草原の案をいただきですわ!)
「悪魔憑きが王位を継ぐことを教会は認めないでしょう」
ヴェルニエ公爵夫人は獲物を狙う肉食獣のように目をギラつかせ、悪魔のように微笑みながら言いました。
「早速、教会に告発しなければね。我が国の未来のために!」
国王が即位するには、教会の承認が必要です。
何故なら、王位を保証しているのは神だからです。
つまり神に逆らう悪魔には、王位の正統性がありません。
「王妃と王太子が悪魔に取り憑かれているなんて国の一大事ですわね!」
「さっさと廃太子しなければ!」
「このままでは悪魔に国を乗っ取られてしまいますわ!」
「皆様にこの危機をお知らせしないと!」
「この一大事を民たちにも広めなければ!」
復讐に燃える黒百合の会の面々が、歓喜の笑顔を浮かべて動き始めました。




