33話 黒百合の会(4)
(先代の国王陛下は、どうしてそんな残念な選択を……)
ソレル侯爵令嬢だったヴェルニエ公爵夫人が、王太子妃候補だったことは納得なのです。
軍部に大きな力を持っているソレル侯爵家のご令嬢だったのですから。
百歩譲って、そのソレル侯爵令嬢と事情があって婚約解消するところまでは、まだ解るのですが。
それでどうして何の力もないただの男爵令嬢と婚約して、しかも切り捨てたソレル侯爵令嬢に盛大に喧嘩を売ってしまったのか……。
「先代の国王陛下は、王太子との縁談が破談になった私に、ヴェルニエ公爵との縁談を用意したの。私をヴェルニエ公爵と結婚させれば、王家とソレル侯爵家との繋がりは維持できるとお考えだったのよ」
ヴェルニエ公爵夫人は面白そうに笑いました。
「ヴェルニエ公爵も、陛下のことを快く思っていらっしゃらなかったというのに」
(国王陛下、詰んでいるわ……)
国王陛下に叛意を持ち、尚且つ王冠に近いヴェルニエ公爵を。
国王陛下に喧嘩を売られていて、尚且つ軍部に力を持つソレル侯爵家のご令嬢と結婚させてしまうなんて。
王冠と軍隊の結婚ですわ。
それに対して国王陛下のお味方は、王妃様のご実家の下っ端の男爵家……。
勝負は見えています。
ヴェルニエ公爵が王統を奪うためのカードは揃っていたのに。
ヴェルニエ公爵夫妻のご子息ユベール様が王太子になることを断固拒否していらっしゃったから、計画は停止していたのですね。
ヴェルニエ公爵が王位簒奪をなさっても、跡継ぎであるユベール様が家出をなさったら、次代はルシアン殿下のままです。
ルシアン殿下が王太子のままで、ルシアン殿下の即位が約束されているなら、ルシアン殿下の両親である国王陛下と王妃様は地位を失っても安泰なままです。
ルシアン殿下が国王に即位したら、国王の両親としてルシアン殿下を後ろから操ることもできるでしょう。
だからヴェルニエ公爵夫妻の王位簒奪計画には、ユベール様の同意が必須だったのです。
ユベール様は、王妃様を引きずり下ろしたいという私の願いのために、その気になってくださいました。
そして私が王妃様を引きずり下ろしたいという望みを持ったのは、三年間におよぶ王妃様による王妃教育のせいです。
(王妃様の自業自得ね。そもそもすでにこれだけの敵を作っておきながら、さらに敵を増やしていくスタイル……。恐れ知らずすぎる……)
「ヴェルニエ公爵夫人の勧めで、私はしばらく領地に引っ込むことにしました」
サンド男爵夫人が苦笑しながらその後の顛末を語りました。
「王妃様は王太子の婚約者となってしまい、王家が王妃様の後ろ盾についてしまいましたから。私たちのような下位貴族は、関わったら負けてしまいます。だから、しばらく、物理的に離れました。王妃様にドレスを真似された他のご令嬢たちも、王妃様が出席すると解っている催しは欠席するようになりました。罪をなすりつけられてはたまりませんものね。どうしても出席しなければならない場合は、流行遅れのドレスで出席したり……。だから……」
サンド男爵夫人は少し面白そうに、ふっと口の端で笑いました。
「王妃様が出席する催しは、皆のドレスのグレードが低くなりましたの。王妃様が来る催しには、流行の先を行くようなドレスを着て行く者はいなくなりました。男性たちには解らなかったでしょうけれど」
それは、そうなるでしょうね。
王妃様にドレスのデザインを盗まれてしまうと、そのドレスで王妃様が失敗したときには罪をなすりつけられる罰ゲームが始まるのですもの。
皆が自衛するのは当然のことです。
「そうそう、それであの女は、皆に賞賛されるドレスのアイディアを得られなくなったの。あの女のセンスとお洒落は終わったの。しかもそれは……」
王妹殿下が含みのある笑みを浮かべながら言いました。
「王家のせいだと言っていたわ。王家の厳しいしきたりのせいで、自由にお洒落ができなくなったと」
「王妃様は何でも他人のせいになさるのですね……」
「そうなのよ」
王妹殿下は、憎々し気に眉を歪めました。
「あの婚約式のときに、私はおかしいと思ったの。でも陛下はあの女を庇っていらして……」
王妹殿下にとって国王陛下は、実の兄君です。
「面倒を見てやってくれと頼まれたのよ。それであの女が王家に嫁いできた最初のころは私が世話をしていたの」
「王妹殿下が?!」
私はちょっと吃驚してしまいました。
「王妃教育の講師たちや、王宮の侍女たちではなく、王妹殿下が?!」
「もちろん講師や侍女はいたわ。でもあの女は、『男爵家の出身だからと講師や侍女に見下されて虐められている』、と陛下に泣きついたの。それで陛下は、妹の私にあの女の世話を頼みに来たのよ」
私は先が予想できてしまい、とても悲しい気持ちになりました。
「王妃様はなんて酷いことを。王妹殿下、おいたわしゅうございます……!」
「まだ何も話していないわよ」
「想像ができてしまいまして……」
「大体はフェリシアさんの想像通りだと思いますけれど」
王妹殿下は、不味いものを食べながら無理やり笑顔を作っているような、微妙な表情をなさいました。




