32話 黒百合の会(3)
「王妃様が男爵令嬢でいらしたころのお話です」
私はサンド男爵夫人のお話を興味深く拝聴しました。
「王妃様には何度もドレスを真似されました。私の他にも被害にあった令嬢はいます。誰かがドレスを褒められると、王妃様はすぐにそのドレスを真似したのです」
「王妃様は誰かに同じドレスをぶつけるのではなく、後から真似していたのですか?」
「そうです」
「王妃様がいつも誰かと同じドレスを着ていたら、それを変に思う人はいなかったのでしょうか?」
私のその質問に、サンド男爵夫人は困ったような顔で微笑みました。
「女性には知られておりました。でも男性は、興味のない女性のドレスなどよく見ていらっしゃらないようで、気付く人はいなかったようです」
「なるほど……」
「それに王妃様は、皆が自分のドレスを真似して困ると被害者のふりをなさっておられました。王妃様の周囲にいた男性たちには、私たちが王妃様の真似をしたと思われておりました」
サンド男爵夫人は小さく溜息を吐きました。
「王妃様は可愛いから皆に真似されるのだろうと、男性たちは王妃様に同情していました。当時王太子だった陛下も王妃様の味方で、私は、王妃様のドレスを真似するなと、陛下に叱責されたことがあります。私のほうがドレスのデザインを盗まれた被害者でしたのに……」
「……」
身につまされるようなお話です。
私が王妃教育の課題で提出した案を流用していた王妃様はご聡明だと評判になり、真の発案者である私は不出来だと罵られていました。
被害者と加害者が逆転する話は、私には刺さりました。
「王妃様は当時、慈善活動でも賞賛されていました。……本当はロチルド子爵夫人たちのご活動だったのですが……その当時は私たちは真実を知りませんでした。それでついに王妃様は、当時王太子だった陛下とご婚約が決まりました。その婚約式に王妃様が着ていらしたドレスは、私の夜会服を真似したものだったのです」
「え?! ……夜会服?」
私は思わず、変な声を出してしまいました。
婚約式と言われている行事は、結婚の予定を周知するお披露目会のようなもので、結婚式よりは格式が低いものです。
しかし王妃様の婚約式なら、王家の婚約式のはず……。
伝統を重んじる王家の……。
「王家が催す婚約式ですよね?」
「もちろん、そうです」
「昼間の行事ですよね?」
「はい」
「王妃様は、昼間の行事に夜会服をお召しになられたのですか?!」
「はい」
婦人の夜会服は、鎖骨が見えるくらいに襟ぐりが開いていて、あらわになっている首元を華やかなネックレスで飾ることが基本です。
一方、昼間の行事では、肌は極力見せず襟の詰まったドレスを着ます。
伝統を大切にする王家の昼間の行事に、型破りな夜会服で出て行くとは……。
「そ、それで……どうなったのですか?」
怪談を聞いているような気持ちで、私はサンド男爵夫人に恐ろしいお話の続きを尋ねました。
すると王妹殿下がお答えになりました。
「みんな吃驚よ。私も驚いたわ。昼間から襟ぐりが大きく開いたドレスを着て出て来るんですもの。先王陛下もさすがにあれには、ぎょっとしていらしたわ。……王妃様のご実家の男爵家の面々はしきたりを知らなかったらしくて平然としていて滑稽だったわ」
王妹殿下が皮肉っぽい微笑を浮かべてそう言うと、サンド男爵夫人が補足しました。
「下位貴族は古い伝統の婚約式を行わない家もあるのです。行う場合でも婚約式は格式ばらない気さくなパーティーになります。王妃様もご実家の男爵家も、王家の伝統の婚約式についての知識がなかったのでしょう。それで……王妃様は装いについて先王陛下から苦言を呈されたそうですが……」
サンド男爵夫人は眉を下げました。
「私がそのドレスを王妃様に勧めたのだと、王妃様は私に罪をなすりつけました」
「サンド男爵夫人は、王妃様にデザインを盗まれたのですよね?」
「そうです。デザインしたのはたしかに私ですが、王妃様が勝手に私の夜会服のデザインを盗んだだけです……」
「そんな嘘を吐くお方だったのですね……」
この恐ろしい話に、私はぞっとしました。
私は王妃教育の課題で提出した回答を王妃様に流用されていましたが。
私の案で上手くいったから王妃様はご自分の手柄にしていたのであって、もし失敗していたら、私がやったと罪をなすりつけられていた可能性もあったということです。
もし婚約破棄できずにルシアン王子と結婚していたら、王妃様の失敗を全てなすりつけられる暗黒の人生が始まっていたかもしれません。
(やはりセリーヌ様とブランシュ様は、私を助けてくださった天使……)
「そういうわけで私は、悪女にされてしまいました。王妃様に嫉妬して、王家のしきたりを知らない王妃様に悪意をもって嘘を教えた悪女だと。当時王太子だった陛下にも、王妃様をいじめるなと糾弾されてしまいましたの」
おどけるような顔をしてサンド男爵夫人は小さく肩を窄めました。
「そ、それで、サンド男爵夫人は、その後どうなさったのですか?」
「ヴェルニエ公爵夫人が私を弁護してくださって……」
サンド男爵夫人は申し訳なさそうにそう言い、ヴェルニエ公爵夫人に視線をやりました。
「そのせいで、ヴェルニエ公爵夫人は私の代わりに陛下に糾弾されることになってしまい、申し訳なく思っております」
「良いのよ、あれくらい」
ヴェルニエ公爵夫人は何でもないことのように微笑みました。
「私の実家は侯爵家だもの」
ヴェルニエ公爵夫人は、ご結婚前はソレル侯爵令嬢でした。
「軍部に知り合いも多かったから……」
ソレル侯爵家ならば、さぞかし軍部にお知り合いは多いことでしょう。
ソレル侯爵家は武家で、何人もの武人を輩出しており、王国軍の大将軍はソレル家出身です。
さらにソレル家は、辺境の軍事の要であるブーシェ辺境伯とは縁戚関係にありますもの。
「相手が王家であっても、証拠もない言いがかりをつけられた程度ではソレル家は揺るぎませんわ。下位貴族の身では、王家に言いがかりをつけられたら大変だったかもしれないけれど。我が家は大丈夫だから気にしなくて良いのよ。それに私は、どうせ陛下には婚約破棄されていたのだもの。婚約破棄した王太子の不興なんて、もはや、どうでも良いことだったわ」
「ソレル侯爵家に反論されても、陛下は間違いを認められたのですか?」
恐る恐る私がそう尋ねると、ヴェルニエ公爵夫人は口の端を歪めて笑いました。
「私が王妃様への嫉妬から、サンド男爵夫人をけしかけたことにされたわ」
「え、ええ?!」
「私が陛下を愛していて、私は嫉妬に狂ってそんなことをしたのですって。どういうわけか陛下は、私が陛下を愛していて婚約に執着していると信じ込んでいたの。王家が軍部との繋がりを強めたくて、私を王太子の妃にと望んだくせにね」
「そ、そんな酷い言いがかりが通ったのですか?」
「通ったのよ。というか、王家はそれで通したの」
ヴェルニエ公爵夫人はあっけらかんとして言いました。
「陛下は私と婚約破棄をして、王妃様を新しい婚約者として大々的に発表して、婚約式もしてしまった後だったもの。間違いでした、では、すまない段階に進んでいたの。当時王太子だった陛下の面子のために、王妃様は被害者でなければならなかったのよ」
「軍部を敵に回すなんて、最悪の選択ですね」
あまりにも呆れてしまって、私はつい正直な感想を漏らしてしまいました。
だって、軍部に絶大な力を持つ侯爵令嬢と、何の力もない下っ端の男爵令嬢ですよ。
どちらを味方にするほうが有益か、どちらを敵に回したら厄介か、子供でも解るようなことです。




