22話 刺繍と宝冠
(ヴェルニエ公爵夫妻のこの勢いなら、ユベール様が王太子になる日は近いわね)
ユベール様が王太子になる決意を表明したことで、歓喜して感動を叫ぶヴェルニエ公爵夫妻を見て私は確信しました。
(我がモンフォール公爵家もヴェルニエ公爵家の派閥に参入したのだもの。ヴェルニエ公爵夫妻がその気なら、すぐに派閥を大きくできるはずよ)
「ユベール、学院の次の試験では首席を取り返せ」
ヴェルニエ公爵はユベール様に言いました。
「ユベールこそ王太子にふさわしいと世論操作するためには『学年首席』の看板があったほうがやりやすい」
早速、ヴェルニエ公爵は陰謀を巡らせ始めたようです。
ヴェルニエ公爵夫人もそれに同調して、目を輝かせて宣伝戦略を語りました。
「そうね。学年首席って解りやすい優秀さだもの。一桁の順位なら悪くないけれど、二位以下ってインパクトが弱いわ。ユベールが学年首席だったほうがルシアン殿下と優劣がはっきりしていて良いわ」
ヴェルニエ公爵夫妻はユベール様に詰め寄り、学院の次の試験で首席の座を取ることを促しました。
「……」
ですがユベール様は少し不味そうな顔をしました。
「首席のほうが宣伝に都合が良いことは解ります。ですが必須ではありませんよね。成績は上位なら充分ではないでしょうか」
渋るユベール様に、ヴェルニエ公爵は首を傾げました。
「ユベール、今までは首席だったのだから別に嫌なことではないだろう。それとも四位でいたい理由が何かあるのか?」
「いえ、順位にこだわりはありません。首席でも四位でも」
「ならば問題はないだろう」
ヴェルニエ公爵が笑顔でそう言うと、ユベール様は神妙な顔をして答えました。
「問題は時間です」
「時間?」
「はい」
ユベール様は深く思慮しているかのようなしかつめらしい顔で理由を語りました。
「首席を取るとなると自主勉強の時間が必要になります。勉強に時間を割いてしまうと、フェリシア嬢にプレゼントするハンカチに刺繍をする時間がなくなってしまうのです」
「……っ!」
「……刺繍……?!」
ユベール様の言葉に、ヴェルニエ公爵夫妻は惨劇を目の当たりにしたかのごとく悲愴な表情となりました。
「ユベール様、刺繍はお急ぎにならなくてもよろしいのよ」
私はすかさずユベール様に言いました。
ユベール様が私のためにハンカチに刺繍をしてくださることはとても嬉しいのですが、優先順位というものがありますものね。
「刺繍は私事ですが、ルシアン殿下を王太子の座から引きずり下ろすことは王国の利益です。国益を優先なさってくださいませ」
「フェリシア嬢……」
「私はユベール様を信じて刺繍はいつまででもお待ちいたします。ですから……」
私はユベール様に言いました。
「どうか国益を優先して、私に王太子妃の宝冠をくださいませ」
「解りました!」
ユベール様は私の意図を汲んでくださいました。
「必ずやフェリシア嬢に王太子妃の宝冠をプレゼントしましょう。ついでに王妃様の宝冠も奪ってやります」
「まあ! 王妃にふさわしくない王妃様も蹴落としてくださいますの?!」
「はい。お任せください!」
「素敵!」
明るい未来を確信して私はユベール様と手を取り合いました。
ユベール様は本当に頼りになる婚約者です。
「さすがはフェリシア嬢!」
「私事より国益を優先するなんて、フェリシアさんはまさに王妃の器ね!」
ヴェルニエ公爵夫妻も私の判断を喜んでくださいました。
「ユベール様にプレゼントする予定のハンカチの刺繍に、王冠の刺繍も追加しますね」
私は感謝の気持ちを込めて、ユベール様に刺繍の追加をお知らせしました。
「フェリシア嬢の刺繍に負けないように、王位簒奪を頑張ります!」
「ユベール様、お頑張りあそばせ! 応援していますわ!」
「私も事が終わった暁には、フェリシア嬢のために宝冠の刺繍をいたします」
「あら、宝冠はわざわざ刺繍してくださらなくても、本物をくださればよろしいのよ」
「そうですね。宝冠は本物をプレゼントいたします」




