21話 大義名分
「セリーヌ様は私の身代わりになって、ルシアン殿下を引き受けてくださったのですもの」
私はユベール様に説明しました。
「私とルシアン殿下がすんなり婚約破棄できたのは、セリーヌ様がルシアン殿下の妃に立候補してくださったおかげだと思いますの。ラルベル公爵家ならルシアン殿下の後ろ盾として不足はありませんもの」
モンフォール公爵の娘である私と婚約破棄したルシアン殿下は、モンフォール公爵という後ろ盾を失うことになりました。
ですがルシアン殿下はセリーヌ様と婚約なさり、ラルベル公爵という新しい後ろ盾を得たのです。
ルシアン殿下に新しい後ろ盾のアテがあったからこそ、私はすんなり婚約破棄ができたのだと思います。
ラルベル公爵領は水害で打撃を受けたので、現在のラルベル公爵家は経済的に苦しい状況のようですが、領地が復興して立ち直れば立派な後ろ盾になります。
公爵家ですからね。
「たしかにそうですが……。しかし……」
ユベール様は少し眉を歪めて言いました。
「フェリシア嬢はご存知ですよね。セリーヌ嬢が、私と婚約解消をする以前から、ルシアン殿下と親しくしていたことを。下世話な言い方をすれば、セリーヌ嬢はフェリシア嬢の婚約者を略奪したのです。どうしてそれを許せるのですか?」
「許すも何も、感謝しております」
私は正直に答えました。
「だってルシアン殿下を引き取ってくださったのですもの。ルシアン殿下との婚約は政略で、気持ちはありませんでしたので、略奪はむしろ大歓迎でした」
「……寛大ですね。私はフェリシア嬢のように寛大にはなれませんでした……」
ユベール様は疲れたような表情で、周囲の風景に視線を逸らしました。
「私とセリーヌ嬢の婚約も親同士が決めたものですから気持ちはありませんでした。しかし婚約者が他の男と親しくしている様子を見ると、腹立たしく思いました。……気持ちもないくせに傲慢だと思われるでしょうが……」
「傲慢だなんて思いません。婚約者の浮気を腹立たしく思うのは当然です。裏切りですもの。ただ私の場合は、婚約者に浮気されるよりも……王妃教育のほうが酷かったので……」
私は王妃教育のせいで時間を削られ、時には休日返上で勉強していましたので、そもそも婚約者のルシアン殿下と交流する時間がありませんでした。
ルシアン殿下の浮気相手なんかよりも王妃教育のほうが婚約の障害でした。
少なくとも婚約者の浮気は、私の睡眠時間を削りません。
婚約者の浮気なんて無視すればいいだけですから、王妃教育に比べたら無害です。
「王妃教育の地獄から脱出できるなら、婚約者の浮気は大歓迎でした。セリーヌ様は私を地獄から助け出してくださった天使なのです」
◆
「王太子になる件、両親に伝えようと思います」
「では、私は今日はヴェルニエ公爵邸にお邪魔しないほうが良いかしら?」
王立公園での舟遊びをした後、私はユベール様のお家であるヴェルニエ公爵邸へ行く予定でした。
午後のお茶の時間を一緒にすごすためです。
「いいえ、来てくださってかまいません。私が王太子になれば、フェリシア嬢は王太子妃になるのですから、どのみち両親はフェリシア嬢の気持ちも確認する機会を設けることになるでしょう。来ていただいたほうが手間がはぶけます」
「一度ですませてしまおうというわけですね」
「はい」
ヴェルニエ公爵邸へ到着すると、私たちはまずヴェルニエ公爵夫妻とお話をすることにしました。
二人でお茶を飲んでのんびりするのはその後です。
「父上、母上、相談したいことがあります」
私がヴェルニエ公爵夫妻にご挨拶をすませると、ユベール様は早速本題を語られました。
「何だね?」
「結婚式のこと? 何でも遠慮なく言いなさい」
公爵夫妻はにこにこと笑顔を浮かべて言いました。
ユベール様が私を伴ったまま相談をもちかけたので、公爵夫妻は私たちの結婚式に関する話だと思ったようです。
笑顔の公爵夫妻に、ユベール様は厳しい表情で言いました。
「私は王太子になろうと思います」
「……!」
「……っ!」
ユベール様の言葉に、公爵夫妻は目を見開いた吃驚顔で固まりました。
公爵夫妻は時が止まったかのようにしばし固まっていましたが、やがて声を上げました。
「ユベール、決意してくれたか!」
「ユベール! 信じていたわ!」
公爵夫妻は感動を叫びました。
そして公爵は期待に満ち溢れた表情で私に質問をしました。
「フェリシア嬢は承知しているのかね?!」
「はい、もちろんです」
私は堂々と返事をすると、大義名分を述べました。
「ルシアン殿下が即位したら、この国の未来が危うくなります。国のためにも、ユベール様に王太子になっていただきたいです」
本音はどうあれ、建前は大事ですものね。
でもルシアン殿下が国王になったら国が心配というのは、私の本心です。
国が傾いたら、私とユベール様の生活も傾いてしまいますから、私たちの幸せのためにも国家は安泰であってもらわねばなりません。
「おお!」
「そのとおりよ、フェリシアさん!」
公爵夫妻は手と手を取り合い、今にも踊り出しそうな勢いで喜びました。
「フェリシア嬢のその決意に、この国は救われるだろう! めでたい!」
「お祝いよ! お祝いしなければ!」




