第5話 伝書鳩と入部届
「――こんなにやかましく、一体何を騒いでいるのですか!!」
凛とした、しかし氷のように冷たい声。 全員の視線が入り口へ向かう。そこに立っていたのは「生徒会会長」と刻印されたバッジをつけ、制服を完璧に着こなした少女。さらにその一歩後ろには、妙に大きいリボンを頭につけ、瓶底メガネをかけた書記が、大量の書類を抱えながら表情ひとつ変えずに控えていた。
「会長……!」
クラスメイトたちの熱狂が、氷水を浴びせられたように引いていく。 生徒会長は、空中で蠢く「偵察魔」の一匹を、汚いものを見るような目で見据えた。
「全く、妙に騒がしいと思えばこんなことを⋯」
後れ毛の1本も出ていない綺麗なまとめ髪に、ピッタリと七三に分けられた前髪。彼女の性格を象徴したかのような頭を振り、生徒会長はため息をついた。
「教室は学びの場であって、悪趣味な見世物小屋ではありません。誰が連れてきたのかは知りませんが、生物含む不要物の持ち込みは禁止です。生徒会に与えられた権限としてこれは即刻没収します」
没収という言葉に、まどいは息を飲む。
「ぼ、没収⋯!?そ、そんな、て、偵察魔は私のお友達なんです…!」
弱々しく声を上げるまどいを、生徒会長は冷たく一瞥する。
異変を察した偵察魔がまどいの肩や頭に止まり、まどいを周りを交互に見ている。
オロオロするまどいを尻目に、こふではすすきの膝からひらりと飛び降り、口を尖らせて反論した。
「会長!これは転校生である黒森さんへの取材でもあるんです! ジャーナリズムですジャーナリズム!!」
「⋯ジャーナリズム?」
会長が眉をひそめ、冷たく言い返す。
「屁理屈を。貴方達新聞部の''ジャーナリズム''がどのようなものか、私はよく知っています。生徒会の間でも、新聞部は下衆な生徒の好奇心を満たすだけの記事しか書かないと度々議題に挙がっていますからね。美空ヶ丘学院の教師陣に度を越した放任主義のものがここまで多く無ければ、新聞部はとっくに解散です」
生徒会長が吐き捨てるようにそう告げた。まどいは生徒会長の気迫に押され、下を向いて小さくなっている。
こふではさらにムッとした表情になって声を張り上げる。
「読者が喜ぶものを書くのは記者として当然だ!生徒会通信が全ッ然読まれないからって僻まないでくれ」
「⋯そんな話はしていませんし、先ほどから言っていますが不要物の持ち込みは禁止です。今すぐ没収に応じなさい」
「……っ!」
正論の重圧に、こふでの言葉が詰まる。
「そ、そんな、どうしよどうしよ⋯取られちゃ⋯っ」
既にパニックになりかけているまどいの目が黄緑色に光りだし、真夏の教室に何故か急に影が差した。感情が揺さぶられたことによって、魔力の制御が不安定になり出したようだ。異変に気付いたこふでが振り返ってまどいを見、焦った顔をする。
万事休す。そう思われた瞬間、教室の隅から、無気力そうな低い声が響いた。
「……会長。私たち新聞部には、その蝙蝠を連れまわす正当な権利がある」
すすきだった。彼女はまだ自分の椅子に腰掛けたまま、長い脚を組み、退屈そうに爪を眺めている。すすきは視線だけを生徒会長に向けて続ける。
「……私たち新聞部には、報道に係る動物の帯同許可が出てる。明治から昭和後期まで、新聞部が伝書鳩を運用してた名残で。今は伝書鳩は飼ってないけど、撤回されてない以上今も有効な許可……」
「……え? 伝書鳩……?」
こふでが呆気に取られた顔で振り返る。すすきはこふでの驚きを無視して、また爪を退屈そうに眺め出した。
「そ、そうだ!我が新聞部には許可が下りてる!!」
すすきの援護によって威勢を取り戻したこふでが意気揚々と宣言する。一瞬生徒会長は顔を顰めたが、落ち着き払った態度で反駁した。
「…それは新聞部に下りてる許可であって、取材対象の黒森に降りてる許可ではありません」
再び言葉に詰まるこふで。舌打ちするすすき。生徒会長が、とどめの言葉をと息を吸い込む音が聞こえた。その一息を合図にしたかのように、後ろで淡々と記録を取っていた書記が、
「わ、わ〜〜〜っ!!」
不自然に床に倒れ込み、抱えていた分厚い書類の束を派手に床へぶちまけた。
「わ、わあっ!申し訳ありません会長っ!!ひ、貧血でぇ…」
四方八方に散らばる書類。その場にいた全員があっけに取られたような表情で書記を見つめる。
「ふぁあ、ごめんなさいぃ〜〜!!」
「あ、ああ…気にしなくていいですよ…立てますか?」
緊張が無理矢理に破られた時特有の気まずいざわめきの中、書記はあたふたしながら書類をかき集める。こふでが、呆れたような顔をしながら、書類を拾うのを手伝おうと屈んだ瞬間。
書記がこふでの目を、分厚い瓶底メガネ越しに鋭く見つめた。射抜くような視線に怯んだこふでの足元に、書記が一枚の書類を足元へと滑らせる。拾い上げると、それは、『まどいの名前が記された、新聞部の入部届』であった。捺印済みで、日付は今日のものになっている。
「えっ、あ、これ…」
「ふぇえ、いっぱい散らかしちゃってごめんなさ〜い!」
こふでの声を、甘ったるい声を張り上げて遮る書記。こふではハッとした顔をし、立ち上がって生徒会長に入部届を突きつける。
「み、見ろ!入部届!黒森さんは今日付で新聞部員だ!動物帯同許可は有効!この蝙蝠たちは没収させない!!」
「……は、はあ!?昨日転校してきたのに、いつの間に入部なんて…」
しかし、書類に不備がなく受理印が捺印されている以上、まどいを新聞部員と認めざるを得ない。
「……わかりました、今日は引き下がりましょう。ただ、あなた方の動物帯同許可は、今の新聞部の現状に即しているものではないのは明らかです…必ず次の生徒会で議題にし、許可の撤回を教師陣に要求しますのでそのおつもりで。許可を撤回された後もそれを持ち込むようなら、次は必ず没収します」
そう言い残して、二人は帰って行った。教室には、安堵と一抹の後ろめたさを含む空気が漂っていた。
「…ま、まあよかったね!没収されないで」
「無理に見せてなんて言ってごめんね!」
クラスメイトは、妙な空気から逃げ出すように解散していく。まどいとこふではクラスメイトの声掛けに曖昧に笑い、顔を見合わせた。
「…入部届、出してたの?」
「い、いえ…、入りたいとは思っていましたが…まだ…」
すすきも椅子から立ち上がり、二人のもとに近づく。
「こふで、私にはあの書記が入部届を渡したように見えた…あの書記、まどいの知り合い?」
まどいは困った顔で首を振る。
「そ、そうか…新聞部に…ま、まあ!!とりあえず没収は免れた!!」
努めて明るい声を出したこふでの表情には、微かに焦りが滲んでいた。
ーーーーーーー渡り廊下に、生徒会長の荒々しい足音が響く。
「全く、動物帯同許可なんて屁理屈を!なんで対象は通信用の鳩に限るとか書いておかないんでしょうね!?そもそも半世紀以上使われてない伝書鳩が使われてない時点で、学院が許可をとりあげておきべきでしょう!ほんっとこの学校の教師って…」
苛立ちを隠せない生徒会長の後ろに控え、無言で廊下を歩く書記。彼女の瓶底メガネの奥の目が怪しく光った。
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