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6 鏡像の真実と最後の抵抗

 僕の目の前でK.Yと僕の顔が鏡像のように重なる。そしてK.Yが放った言葉「君は彼女の記憶を消去するために作られた」が、僕の脳内で最も激しい忘却のノイズを発生させていた。




「あなたが僕の双子の兄だというのか?」




 僕の記憶はそんな兄弟の存在を完全に排除している。しかし彼の顔は僕の顔の忘却されていない部分を映し出しているようだった。




「双子ではない。私こそが真の夜凪零だ」




 K.Yは冷たい目で僕を見下ろした。




「君は夜凪零のコピーさ。君の父がV.D.プロトコルを適用するために、人格の雛形として作り上げた忘却の被験体だ」




 K.Yの告白は僕の自我の根底を破壊する。僕は僕自身でさえなかった。




 僕の父は誘拐監禁事件の主犯であるK.Yと共謀し僕の記憶を操作した。そのK.Yは鏡花の兄ではなかった。彼は僕自身の忘れたかった過去の具現化だった。




 朝霧玲音が囁いた。




「真の夜凪零は誘拐監禁事件で加害者として主導的な役割を果たし、その罪から逃れるために自身の記憶と人格を切り離した。君はその切り離された無垢な人格として再構築された」




 僕の存在は父と兄の共犯によって仕組まれた罪の忘却装置だった。




「雫がなぜ僕の記憶の番人に?」




「君が過去の罪を思い出さないよう、共犯の誓約の真の意味を知り、君のメモを管理してきた。君が過去の記憶を呼び覚ます鍵だったからだ」




 僕が雫を頼っていたのは偶然ではない。僕の深層意識に残された罪を忘れるなという、僕自身の真の自我からの指令だったのかもしれない。




 K.Yは手に持ったリモコンをミラー・サーキットの作動ボタンに向けた。




「君の父は私がこの忘却を完成させるのを恐れた。だから彼は最後にノイズを排除するよう君に指示を残した」




「ノイズ?」


「七瀬雫だ」




 K.Yの目が雫に向けられた。




「彼女は君の忘却に抗い、すべての真実を記録し続けた。このミラー・サーキットが作動し、世間が私の顔を忘れても、彼女の記憶が残れば私は永遠に加害者だ」




 K.Yは僕の父の残した注射器を指差した。




「君の父はこの注射器を雫に打つよう求めた。この中には忘却の薬を中和する成分など入っていない。入っているのは彼女の長期記憶を完全に破壊する薬だ。最後の瞬間に君を記憶の消去装置として完成させようとした」




 僕は金属製の箱の中に残された注射器を見つめた。父は僕を加害者にしようとしたのか?




 K.Yはリモコンのボタンを押した。




「さあ、夜凪零。君は自身の忘却という名の運命に従うか? それとも無垢な人格を裏切り真実を選ぶか?」




 サーバー室全体が低いうなりを上げ始めた。ミラー・サーキットが起動したのだ。噴霧ノズルから透明なガスが微かに漏れ出し始める。忘却の薬が螺旋庭園全体に散布されようとしていた。




 僕の頭の中はK.Yの顔、雫の顔、そして父の裏切りという三つ巴の真実によって、今、自己の崩壊の瀬戸際に立たされている。




「雫。僕のメモ帳に、この状況への対処法は?」


「零くんは『記憶の番人を僕自身が守る』と空白のページに書き込むつもりだった。サーバー室の破壊も計画していたよ」




 僕の無垢な人格が僕の罪深い自我に初めて抵抗した瞬間だ。




「朝霧さん、このサーバー室を破壊する方法はありますか?」




 朝霧は僕の覚悟を見て取り不敵に笑った。




「面白い。君の忘却がついに行動を選んだね。サーバー室の心臓部はあそこだ」




 朝霧は床下に走る太い光ファイバーケーブルの束を指差した。




「このケーブルを切断すれば、ミラー・サーキットの連鎖反応は止められる。だが君の記憶はその瞬間、完全にリセットされるだろう。君の脳がこの行動の危険性を最大の忘却で処理しようとするからだ」




 僕は金属製の箱の中に残されていた、剪定バサミのような形状の工具を手に取った。それは翠川が橙馬を殺害した凶器と似ている。




「僕のメモが残る限り、僕は忘却探偵であり続ける。僕の記憶がリセットされようと、僕の意志だけはメモに記録される」




 僕は雫に向き直った。




「雫。僕がケーブルを切断した後、僕がすべてを忘れたとしても、君だけは僕が『君を守るために、この行動を選んだ』という真実をメモに書き残してくれ」




 雫は初めて涙を滲ませた。




「零くん、あなたは私の記憶の番人として、あなたの過去の罪と運命から私を救ってくれたよ」




 僕の記憶がケーブルを切断する実行の瞬間を、忘却という名の絶対的な抵抗で拒絶しようとする。僕の視界が白く霞み始めた。




 K.Yは焦りの色を見せ、リモコンを強く叩いた。




「やめろ! お前は運命に抗えない!」




 僕は最後の力を振り絞り、サーバーケーブルの束に向かって飛び込んだ。




 ザシュッ!




 硬いケーブルが切断される、鈍い音が響き渡る。サーバー室のうなりが止まり、忘却の薬の噴霧が止まった。




 その瞬間、僕の脳内で僕の全記憶を巻き込んだ巨大な螺旋状の崩壊が起こった。僕の意識は暗闇の底へと落ちていく。




 どれほどの時間が経ったのだろうか?




 僕は冷たいコンクリートの上で目を覚ました。頭の中は完全に空っぽだ。自分自身が誰なのか、なぜこの廃墟にいるのか、目の前にいる二人の人物が誰なのか全く理解できない。




 僕は反射的に手に握られたリングノートを開いた。




【僕の名前は夜凪零。職業は忘却探偵。僕は今、このメモに書かれた真実をすべて忘れている】




 メモの最新ページには雫の筆跡で新たな情報が書き加えられていた。




【事件解決。真犯人:K.Y(夜凪零の双子の兄)。彼は忘却の薬で世間の記憶を消し罪から逃れようとした。零くんは自身の記憶が完全に失われる危険を冒して、ミラー・サーキットを破壊し私と世間を守った。零くんの忘却は英雄の証となった】




 僕は立ち上がり、目の前の人物たちを見た。白いタキシードの朝霧玲音。そして僕の隣に涙を拭いながら立つ七瀬雫。




「あなたは誰です? そして僕はなぜあなたの傍にいる?」




 僕は雫に尋ねた。


 雫は僕のメモ帳を指差した。




「零くん、私はあなたの記憶の番人だよ。そしてあなたは今、一つの壮大な事件を解決し、あなたの運命に勝利した」




 朝霧玲音が満足げに笑った。




「素晴らしいフィナーレだ、忘却探偵。君の忘却は記憶に勝利した。そして君の新しい物語が今始まる」

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