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取り引き

頭では分かっていた。

アッシュの身体は、ザムリに支配されていると。

でも、アッシュは消えていないはず。

ザムリによって押し込められているだけで、実際に再会を果たせば、何かしらアッシュの気配を感じることが出来るのではないかと、フラウレティアは希望を持っていた。

希望を持って、必死に耐えてここまで来たのだ。

それなのに……。


「……ア、シュ」

唇が震え、まともに声にならない。

「その者はもう消えた」

呼び掛けたフラウレティアに、目の前の竜人は冷えた声音でそう宣告した。

「嘘!」

反射的にそう返したものの、フラウレティアの身体は傍目に見ても震えていた。

さっき触れたのはほんの僅かであったというのに、感じたその魔力に身体が拒絶反応を示しているのだ。


魔力の質は、全属性を持つ、竜人のものに違いない。

質だけで言えば、アッシュも同じだ。

しかし、魔力はそれを扱う者の本質に大きく影響されるもの。

身体こそアッシュで、質も同じであったとしても、扱う者がザムリならばその魔力は全く別のものになっていた。



アッシュじゃない。


理屈でなく、分かってしまった。



ザムリの大きな手が、フラウレティアの腕を捕らえる。

触れた腕から、前触れなく魔力が侵入してきた。

背筋に悪寒が走り、総毛立つ。

「いや!」

生理的な嫌悪感から、フラウレティアは腕を振ってザムリの手を払った。

しかし目の前の姿は間違いなくアッシュだ。

そのアッシュの腕を払ってしまったことに、自分自身が衝撃を受ける。

「あ……」

盛り上がった涙が目から溢れた。


あの日突然別れてから、今初めてアッシュを見て、触れたのだ。

それだけでも落ち着いていられないのに、この状況だ。

アッシュに再会したらどうするのか、考える時間は余る程にあったのに、そんなものは少しも役に立たなかった。

何もかも頭から抜けてしまい、フラウレティアはただ混乱して身を竦ませる。


しかしザムリにはそんな彼女を考慮するつもりはない。

先程よりも強い力で再び腕を取り、引き摺るようにフラウレティアを奥へ連れ込む。

「来い。お前の“慣らし”を行う」

「やだ、……、いや、アッシュ、やだぁ」

子どもが駄々をこねるように、腕を縮めて首を振るしかないフラウレティアの魔力が大きく乱れた。



「ちょっと待ちなさいよ」


広間に響いたのは、ドスの効いたレンベーレの声だった。


フラウレティアはそこで初めて、広間の壁にもたれ掛かって座り込んでいるレンベーレに気付いた。

「レンベーレさん!」

レンベーレは怠そうに身体を傾げ、乱れた編み髪を重く床に垂らしていたが、め上げた濃い褐色の瞳には強い力が籠もっていた。

しかし、紺色のローブの左肩部分が裂け、無惨に爛れたような肌が覗いているのが分かり、フラウレティアは息を呑んだ。


レンベーレを“人質”にしたと聞きここに連れてこられたが、傷付けられているなんて。


「ひどい、なんてことを……!」

拳を握り締めると、ザムリは何の感情も見せないままに、空いている方の右手をレンベーレに向けた。

「殺しても良いが、生かしている」

フラウレティアの顔が引きつる。

「何故なのか分かろうな? どうするかはお前次第だ」


声を失くして一層身体を強張らせたフラウレティアを、ザムリは引き摺った。

あの女を人質にと言ったホルドーは、間違っていなかったらしい。


しかし、その女の声が再び割って入る。


「待てって言ってんの」

「ちょっとレンベーレ、黙って」

慌てて止めようと近寄ったホルドーを、レンベーレは無事な方の肩で突いた。

「黙ってられるわけないでしょうが。何なの、竜人族は女の子の扱いを誰一人まともに知らないわけ?」

「レンベーレ!」


ホルドーはレンベーレを殺したいわけではない。

そして、ザムリはフラウレティアを得るまではレンベーレを殺せない。

それを分かっているレンベーレは、痛みを堪えて顎を上げる。

ザムリと目が合った。


視線を合わせた深紅の瞳は、明らかな憤りを見せる。

殺されなくても痛みは与えられるかもしれないが、ここは引けない。


「取り引きしましょう。私がフラウレティアの魔力を上手く繋げてあげる」

はっ、とザムリが鼻で笑うような気配をさせるが、レンベーレは余計な間を空けず捲し立てた。

「慣らしをするってことは、フラウレティアの魔力が欲しいんでしょう? でもそのやり方じゃあ魔力暴走。あっという間にここは魔穴(まけつ)に飲み込まれて、王宮ごと終わりよ」


その言葉は、ザムリドゥアを刺した。

過去には、フルブレスカ魔法皇国を魔穴に飲み込まれて失くした。

更に自身には、魔穴に飲み込まれたまま出られなかった苦い数百年がある。



ザムリドゥアはフラウレティアを見下ろした。

涙に濡れた瞳で早い呼吸を繰り返す娘は、女の言う通り、既に魔力は不安定で、すぐにでも魔力暴走を起こしそうに見える。

あの屋根の上でのように、精霊が引き摺られれば、ここは間違いなく大きな魔穴になるだろう。

神の眷族たる精霊は、竜人といえども制御できないのだ。


「お前なら出来るというのか?」

「フラウレティアの魔力を最初から見てきたのは私よ」

確かに、この身体(アッシュ)の記憶では、娘の魔力解放後、この女が度々娘の魔力を見ている。


「……取り引きとは?」

レンベーレは後ろ手に拳を握った。

「死ぬのはごめんだわ」

「生かしておけば良いと?」

「ここまで巻き込まれてそれじゃあ、割に合わないわ。竜人の血はいらないから、知識が欲しい」

フラウレティアが驚いて口を開くと同時に、頭上でザムリが見下すように笑った。


人間は欲深いもの。

この女も、また然りだ。



「よかろう。女、この娘の“慣らし”を行う。抵抗なく魔力が繋がるよう、娘を導け」

ザムリがフラウレティアの腕を離す。

フラウレティアは数歩離れ、よろけるように尻もちをついた。

立ち上がり近付くレンベーレを、怯えたような目をして見上げる。

「レンベーレさん……」

「悪いわね、フラウレティア。キツイだろうけど、そこの竜人と大人しく魔力を繋いでもらうわよ。()()()()()()()()()()()の」


フラウレティアは大きく目を見開いた。




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