第38話 ダンジョンL-26層・決着②
「九百五十四、九百五十六……」
剣術学校の道場で、俺は無心に剣を振っていた。
もっと疾く、もっと強く……。
一日の鍛練が終わった後、居残りで剣を振うのが俺の日課となっていた。
俺はこの時間が大好きだった。
平和な世の中で、実際の世界ではこの剣が役に立つことは、きっと無いのだろう。
ただ、空想の中で俺は、妖魔と戦い、ドラゴンと戦う。
この一撃で、この一刀で敵を撃ち落とさんと、ただひたすらに剣を振う。
「結構、結構。」
後方から声が聞こえて、俺はその剣を止め、振り向いた。
コバ老師だった。
「今日もまた元気だのう。まだまだ絞り足りんかったか?」
「老師。すみません、これが日課なもので。」
「いや、いいんだ。続けなさい。」
コバ老師は優しく微笑む。
コバ老師は、佇まいこそ村の長老の様相であるが、その実、外からの流れ者と聞いている。
30年ほど前に、別の土地から流れてきて、この道場を継いだという話だ。
しかし、それは俺の生まれる前の話。孤児だった俺を引き取って育ててくれたのは、コバ老師だった。そんな俺にとって、コバ老師は、剣の師であるのと同時に、親でもあった。
今もコバ老師は親のような目で、俺が剣を振う様子を見てくれている。
「ふむ、やはり振らされているかの……。」
コバ老師がぽつりと漏らす。
俺は振う剣を止めて、コバ老師に向き直した。
「老師、振らされているとはどういうことですか?」
老師は少し、考えると首を振った。
「いいんじゃ、いいんじゃ。今は量をたくさん振りなさい。」
しかし、俺は行き詰まりを感じていた。
毎日のように剣を振っても、これ以上疾く、強くなる気がしない。
剣を振う先に何があるのか、少しでも手掛かりが欲しかった。
「老師、思うところがあるのでしたら、ぜひご教示ください。」
俺は真剣な眼差しを老師に向ける。
老師は再び考える様子を見せると、切り出した。
「……お前は、剣に振らされている。」
老師は同じ言葉を繰り返した。
「お前は剣を持っている。ただ、それは真剣でありながら、心剣ではない。心の剣は常に心の中にある。」
俺はさっぱり意味が分からなかった。
だが、その言葉には強い説得感があり、老師から目が離せない。
「言っても伝わらないのは当然じゃ。」
すると、老師はおもむろに俺に近寄って、何も持たない手を、まるで剣を持つかのように構えた。
……隙が無い。
老師は剣を構える俺に対して、じりじりと近寄る。
「来る!」
一筋の太刀筋が、俺の首を捉えた!
……ように見えた。
俺は、その場に座り込んでしまった。
見上げた老師は、手を構えたまま、立ちすくんだままだ。
「ほう、見えたか。お前の才もやはりなかなかのものだ。」
俺は、やはり訳が分からなかった。
「老師、今のはどういうことなのですか?!」
老師は、構えを解き、俺を厳しい眼差しで見つめた。
「これが心の剣、心剣じゃ。」
老師は続ける。
「剣は振うのではない。相手を斬る、そう思った結果として、剣が振るわれる。そういうことじゃ。」
俺にはまだ理解はできなかった。
だが、何かが伝わってきた気がした。
「言葉で理解できないのは当然。今は未だそれを感じ取れただけでも自信を持ちなさい。」
老師の目はいつもの優しさを取り戻していた――




