第36話 ダンジョンの踊り場で・4 ~ ケイ ~
「これから、卒業実習を行う。場所はアイブロー山。人間の縄張りを侵す、野良ゴブリンを駆逐し、首級を持ち帰るのだ。」
ここは、俺の通うトクリマ王国スケトー村の剣術学校。
コバ老師が俺達を集めると、卒業実習を言い渡した。
18歳になったばかりの俺は、待ちに待っていた卒業実習に胸を躍らせていた。
対照的に、一緒に鍛練を重ねてきた剣術学校の仲間達は、初めての実戦に緊張を隠せない。
俺達は合計4人、連れ立って冬のアイブロー山に向かった。
アイブロー山は、モンスターの生息領域。
紳士協定で、その大部分で人間側が立ち入りを自主規制している。
人間が入ることをモンスターが黙認する領域でも、野良ゴブリンやスライム達が現れ襲うこともあるため、村人達は好んで立ち入らなかった。
もちろん、俺達も初めて入山することになる。
そんな俺達にとってアイブロー山は、近くにあるが遠い山であった――
「ユーキ。いよいよ実戦、わくわくするなあ!」
俺は、隣でガチガチになっている剣術学校の仲間のユーキに声を掛けた。
「ケイはいいよな。僕は不安だよ……。僕は学校を卒業して冒険者を少しかじったら、家業の鍛冶屋を継ぐだけだから、危険は御免だよ。」
ユーキは何とも情けない本音をこぼす。
「きっと大丈夫だよ、ユーキ。アイブロー山なんて大した山じゃない。ゴブリンだってきっと大したものじゃないよ。」
やはり仲間のワカが、自分に言い聞かせるように話しかける。
「とにかくさっさとゴブリンを倒して下山しよう。」
その横のヒロも、話に乗っかるように言葉を加えた。
実際、アイブロー山は大した山ではなかった。
俺達は道中、動きの鈍いスライムや、猫に毛が生えたようなスピードリンクス等、野良下級モンスターとしか出会うことはなく、それらも難なく討伐していた。
しかし、肝心のゴブリンには出会わない。
このまま出会わなければ、一旦野宿して、明日に継続かな。
そんなことを皆が考えていたその時だった。
――ガサガサッ、ガサッ……
木の陰から一体の影が現れた!
ゴブリンだ!
「ユーキ、ワカ、ヒロ、囲むぞ!」
俺達4人は、棍棒を持って威嚇をするゴブリンを取り囲んだ。
勝負は一瞬だった。
ユーキが上から斬り落としを狙い。それをゴブリンが棍棒で受ける。
ワカが、ユーキの剣を受けて隙を見せたゴブリンの脇腹を切り払い、ゴブリンは堪らずかがみ込む。
ヒロがかがみ込んだゴブリンの足を、剣でなぎ払い、ゴブリンは膝をつく。
俺が座ってお辞儀をするような形になったゴブリンの首を撥ねた。
「やった! ゴブリンの首級を獲ったぞ!」
「これで卒業実習、達成だ!」
俺達は沸き立っていた。
これまでの緊張感から解放されるように。
歓喜で周りが見えていなかった――
「ウワァー!」
歓喜も冷めやらぬ中、突然、ユーキの悲鳴が聞こえた。
振り返ると、右肩から血を出して押さえている。
その奥には、どこに潜んでいたのか、ヒグマをも更に一回り大きくした熊のようなモンスターが直立していた。
「あ、あれは?」
俺は焦りをにじませ、周りに問う。
「……あれは、多分…… キングベアーだ……。」
ワカも既に歓喜の色は全く失い、緊張した声で答える。
「何で、アイブロー山にキングベアーが? 俺達の叶う相手じゃない……。」
ヒロが威圧されている。
「俺達はゴブリンを倒したんだ! こいつも倒して更に評価を上げるぞ!」
俺は精一杯の鼓舞をした。
「フォーメーションⅭで行くぞ。皆、サイドを頼む!」
フォーメーションⅭとは、一人が敵の真正面から囮になって相手の攻撃の回避に専念し、敵のサイドに回った他が攻撃をしかけるフォーメーションだ。
当然、囮役に危険もリスクも大きい。
ただ、ユーキが怪我を負い、ワカもヒロも怖気づいている今、自分が囮役を買って、仕掛けにいくしか思いつかなかった。
俺はキングベアーに目を合わせ、視線を引きつけながら、その正面に駆け込んだ。
「ウォーン!」
キングベアーはひと啼きし、その太い腕から爪を振り下ろす。
――ガキッ!
俺の剣が爪を受け止めた。
が、重い。これは何回も持ちこたえられない。
「今だ! ワカ、ヒロ、行けえ!!」
俺はすがるように仲間の名前を叫んだ。
が、何も起きない。
「いない……?」
ユーキもワカもヒロも、姿が無かった。
逃げてしまったのだと理解するのに、少しの時間を要した。
「うぉっ!」
その瞬間、左肩に激痛が走った。
俺の隙を見逃さなかったキングベアーが、爪を振ってきたのだ。
やばい、まともに食らってしまった……。
そう思うも一瞬、キングベアーが爪を退いた隙をつき、今度は俺が右腕一本で剣を振い、キングベアーの首を狙う。
――パキ……ン
俺の剣は、キングベアーの首にヒットした。
が、弱い音と共に、剣が折れた。
「け、剣が……。」
俺は恐怖していた。
急所の首を狙われたキングベアーは、怒りを増幅させている。
そのキングベアーの獰猛な瞳が脳にこびりつく。
「うわぁ!」
俺は、折れて半分の長さになった剣を、キングベアーにがむしゃらに投げつけた。
キングベアーは、俺の投げた剣を荒々しく振り払ったが、これがキングベアーにとって仇となった。
キングベアーが振り払った剣は、方向を変え、たまたまその目に刺さってしまったのだ。
「ギャウ!」
キングベアーが苦悶の声をあげ、顔を手で覆う。
――今しかない。
幸運を前に、しかし、俺は踵を返した。
振り返りもせず、全力で逃げ出した。
折れたのは、俺の心だった――




