第17話 ダンジョンL-20層③
広い空間は、昏い瘴気に覆われていた。
特にその中心から奥に掛けて、その昏さが増していた。
俺達は、十分に警戒をしながら、空間の中心を見つめる。
目を凝らすと、ノボと、そしてノボとそっくりの影の塊が向かい合っている。
手と手を組み合い、まるで押し合いをしているような格好だ。
戦闘中だ!
助太刀しようと一歩踏み出そうとした、その時――
「命が惜しければ、止まりなさい。」
ポニーが珍しく、俺達を制止した。
「どういうことだよ? ノボに加勢をしなきゃ……。」
俺が言い終わらぬ内に、
「ここはもうシャドウミラーの領域だよー。僕達もこれ以上進むと、シャドウミラーに影がコピーされちゃうよー。」
ヨースが代弁した。
――シャドウミラー……
対象の影に憑りつき、対象を模倣して実態を形成し、対象に攻撃を加えてくるモンスターだ。
「ノボが倒してくれるのを見守るしかないね……。」
マイも状況を理解して、唇を噛む。
「おい、コニー。補助魔法で支援できないのか?」
「意味が無いわ。補助魔法でエンハンスしても、相手はその分の力量をコピーするだけ。」
……こちらからは、打つ手無しということか……。
「……グッ……ウッ……。」
力勝負をでは埒が明かず、ノボは押し合いを嫌って組んだ手を離した。
「ぬうん!」
一度距離を取ると、シャドウミラーに向かって体当たりを仕掛ける。
――ドン!
ノボと影がぶつかる。しかし、これも互角だ。
ぶつかった二つはお互いに弾け飛ぶ。
「ノボ、頑張れ!」
マイは離れた距離から応援することしかできない。
再び影と組み合ったノボは、相撲を取るような形となり、額に汗をにじませる。
ノボは力を振り絞っているが、ジリ貧になりつつあった。
「は、腹、減った…… 力、入らない……。」
ノボが弱気を見せる。
そんなノボの様子を見ながら、俺は、あの口数少ないノボがある日語った、ノボの昔語りを思い出していた――
「オレ、小さかった。巨人族の村、身体、大きいほど強い。でもオレ、皆よりずっと小さかった。」
ダンジョンA攻略中のある夜、ノボはポツリと語り出した。
語りながら、自分の両手を見つめている。
まるでその手の大きさを確認するように。
俺達はそんなノボを真っすぐに見つめながら、静かに耳を傾けていた。
「戦士の訓練でも、みんなに負けてばかりだった。押し合いでも、投げ合いでも、全部負けた。」
巨人族は普段は温厚で友好的な種族であるが、戦闘時はその気性の荒々しさで知られている。だが、ノボには決してそんな様子は見られなかった。それはノボの幼い頃の劣等感からかもしれない。
「巨人族は、食べた量、そのまま力になる。だからオレ、必死に食べた。誰よりも食べた。」
ノボは、静かに、当時を思い出すように、言葉を続ける。
「でも、どれだけ食べても、皆みたいに大きくならなかった。 だから、オレ、自分が弱い、ずっと思ってた。」
マイが胸を押さえ、ヨースはモンスター図鑑を閉じて聞き入っている。
「ある日、隣国のアージ王国へ、応援出兵の要請、来た。村の精鋭達、集められた。」
ノボは一瞬空を見つめる。
「やっぱり、オレの名前、呼ばれなかった。オレ、すごく悔しかった。オレ、村長に言った。オレも参加したいこと。でも、村長、言った。『お前が呼ばれなかったのは、力がないからじゃない』って。オレ、意味、分からなかった。」
ノボは唇を嚙んだ。
「半年後、出兵した仲間達、帰ってきた。皆、ボロボロだった。深手を負って、寝込んでる仲間も、いた。オレ、それ見て怖かった。行かなかったこと、ホッとした。」
俺は、ノボの瞳の中に、悲しい光を感じた。
「オレ、悔しかった。悔しかったことは、出兵しなかったことじゃない。ホッとしたこと。」
そう言い切ると、ノボはそれ以上言葉を続けなかった――




