第三話 導きの老人
本作をお読みいただき、ありがとうございます。
老人との出会いによって、さとしの運命は静かに動き始めます。
現実と夢の境界が少しずつ曖昧になっていく第三話を、どうぞお楽しみください。
夕暮れの公園を吹き抜ける風は、昼間の暑さを忘れさせるほど心地よかった。
老人の姿が消えたあとも、さとしはしばらくその場から動けなかった。
「クリプトン……。」
その名を口にすると、不思議な懐かしさが胸いっぱいに広がる。
初めて聞いたはずの名前なのに、遠い昔から知っていたような感覚だった。
ベンチには誰もいない。
老人が座っていた場所だけが、夕日に照らされて淡く輝いているように見えた。
「夢じゃ……ない。」
小さくつぶやく。
ここ数か月、自分を苦しめてきた夢。
燃え落ちる宇宙船。
「クリプトン」と呼ぶ声。
そして今日、公園で出会った老人。
すべてが一本の線でつながり始めていた。
翌朝。
目覚まし時計が六時を告げる。
さとしは夢を見ることなく目を覚ました。
しかし、胸の奥には昨夜の出来事が静かに残っていた。
窓を開けると、朝日が町を黄金色に染めている。
通学する子どもたちの笑い声。
犬の散歩をする夫婦。
見慣れた景色。
それなのに今日は、すべてが少しだけ違って見えた。
街全体が柔らかな光に包まれているようだった。
「気のせい……なのか。」
首を振り、いつものように会社へ向かう。
午前の仕事を終えたころだった。
コピー機の前で資料を整理していると、一人の若い社員が肩を落として立ち尽くしていた。
営業部の新人だった。
「大丈夫?」
声を掛けると、青年は困ったように笑う。
「大事な契約を逃してしまって……。」
「上司にも迷惑を掛けました。」
その瞬間だった。
青年の胸のあたりに、淡い灰色の光が見えた。
曇り空のような色。
けれど、その奥には小さな金色の光が静かに揺れている。
さとしは思わず目を見開いた。
「……見える。」
昨日まで見えなかったものが、はっきりと見えている。
灰色は落ち込み。
金色は、諦めない心。
理由は分からない。
だが、不思議とそう感じた。
「失敗は誰にでもあるよ。」
「君はちゃんと前を向こうとしている。」
「その気持ちがあれば、きっと次は大丈夫だ。」
青年は驚いたように顔を上げた。
「ありがとうございます。」
その笑顔とともに、灰色の光が少しずつ薄れ、金色の光が穏やかに広がっていく。
さとしは息をのんだ。
人の心は、光として見えるのかもしれない。
昼休み。
屋上へ出ると、青空の下を風が吹き抜けていた。
遠くには山々が霞み、その向こうで白い雲がゆっくりと流れている。
「少しずつ目覚め始めたようじゃな。」
聞き覚えのある声だった。
振り返ると、そこには昨日の老人が立っていた。
まるで最初からそこにいたかのように、穏やかな笑みを浮かべている。
「あなたは……。」
「また会えましたね。」
「必要な時には会える。」
老人は静かにうなずいた。
「お前の魂が、私を呼んだからじゃ。」
さとしはゆっくり歩み寄る。
「教えてください。」
「あなたは誰なんですか。」
「なぜ私をクリプトンと呼ぶんですか。」
老人は答えず、空を見上げた。
青空を一羽の白い鳥がゆっくりと横切っていく。
「急いで答えを知ろうとしてはならん。」
「花は春になれば咲く。」
「魂もまた、時が来れば目覚める。」
そう言うと、老人はさとしへ向き直った。
「一つだけ教えよう。」
「お前が見始めた光は、人の命そのものではない。」
「その人が生きてきた証。」
「魂の輝きじゃ。」
さとしは静かに耳を傾ける。
「光は人それぞれ違う。」
「優しさの光。」
「勇気の光。」
「悲しみを乗り越えた光。」
「愛する者を守ろうとする光。」
「そして、お前にはその光を見る使命がある。」
「使命……。」
その言葉が胸の奥へ深く響く。
「しかし忘れるな。」
老人の表情が少しだけ厳しくなった。
「光を見る者は、人を裁いてはならん。」
「どれほど暗い光を見ても、その奥には必ず希望が眠っている。」
「その希望を信じること。」
「それがお前の役目じゃ。」
風が強く吹いた。
さとしが目を細めた、その一瞬。
老人の姿は消えていた。
足元には、一枚の白い封筒だけが残されている。
恐る恐る開くと、中には一枚のカードが入っていた。
『明日 午後七時
光明会館 瞑想室
そこで、すべてが始まる。』
さとしはカードを握り締める。
恐れはあった。
だが、それ以上に知りたいという思いが勝っていた。
夢の真実を。
クリプトンという名前の意味を。
そして、自分が本当は何者なのかを。
夕焼けに染まる空を見上げ、さとしは静かに歩き始めた。
運命の扉は、もう目の前まで来ていた。
第三話をお読みいただき、ありがとうございました。
さとしは「魂の光」を感じ始め、老人から初めて導きを受けました。
次回、第四話「目覚める魂」では、瞑想室での出来事をきっかけに、クリプトンの記憶がさらに深く目覚めていきます。
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あなたの心にも、光の記憶がありますように。




