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白き狐は血に染まる  作者: 十五夜
13/15

十二ノ巻

 




 七日間、それがミナに許された神との死闘に至るまでの猶予である。決して充分と言える期間ではない。だからこそ、ミナは弱音を一切吐かずにひたすらに戦う為の技術を学んでいる。

 今まで戦いとは無縁だった者が、七日間後にはエゾに住まう者達の明日の為に戦う。これがどれ程の重荷となっているのか、白狐には想像することすら出来なかった。


「今日はアバリ様に力の引き出し方を教えて頂きました」


 笑顔ではないが、声音は楽しげである。話すことに楽しさを感じているのだ。

 あの夜から、ミナの白狐に対する接し方は親密的になっている。ミナがどういった思いでこの様な接し方の成っているのか、白狐はある程度察していた。そして、その思いを叶えてやれない事は白狐自身がよく分かっている。


「剣の振り方で褒められました」

「護神剣の声が聞けました」


 毎日、日が沈んで夜になると今日に起こった事を欠かさずに話に来る。月明かりしかない誰もいない場所で互いに話す様を、白狐は夜這いの様に思っていたが、悪い気はしなかった。この瞬間も楽しげに話しかけてくる目の前の女は、微塵もその様な邪な思いを抱いてはないだろう。ただただ純粋で無垢、そんな印象を


「両親が私にミナと名ずけたのは、私が笑顔に成って誰かを笑顔にして欲しかったからと聞いた事があるのです」


 ある夜、ミナは何か決心した表情で会話を切り出した。


「実はミナと言う言葉には笑うという意味があるのですよ」


 自分自身に向けた皮肉に、ミナは苦笑した。

 笑顔を願って名を付けられた彼女が、いまは笑えないでいる。だが、彼女は誰かを笑顔にする為に戦おうと努力している。


「だから私は、必ず皆を笑顔にします」


 何度か聞いた言葉だが、今までよりも力がこもっているように感じた。




 ◎





 七日という時間は考えようによっては長く、また別の考えようによってはとても短い期間である。白狐やミナとアバリ達、エゾの民達は海の村に集結していた。

 これより海神、青蛇を沈めるための戦いが始まる。誰もが予想できない戦いに、彼等は足を踏み入れようとしている。だが、彼等の殆どは恐れを感じておらず、神と戦う己に誇りを持っていた。


「どうか今日はよろしくお願いします」

「分かっている。お前は責任を持って送り届けてやる」


 ミナと短く言葉を交わす。この言葉は自分に対する誓でもあり、己に向けての言葉になっていた。

 今頃、沖の方では何人もの神紋持ちが海神をこちらの方に追い込んでいる。円を描く様な湾内に海神を向かい入れ、封じ込め、そこで戦う手筈だ。海から吹いてくる風は容赦無く体の熱を奪うが、それ以上の興奮が体に熱を帯させる。


 波の音が変わったのを聞き取ったのは暫く時間が経ってからだ。巨大な何かが大量の水を掻き分けて進んでいる、そんな音が(もや)が立ち込める沖から聞こえてくる。

 お出ましのようだ。


「来るぞ」


 誰かが言った言葉はよく聞こえた。誰もがその言葉で身を固くし、各々の獲物を構えて来るべき時に備える。

 不自然に海面が隆起しながら、徐々に大きくなる。白波の立つ音が幾つも聞こえてきた。いよいよ、派手な水飛沫を空高く舞いあげながらそれは姿を露わにした。

 名前の通り巨大な青い蛇だ。まるで小山の様に巨大なせいで、遠近感が可笑しくなりそうだった。青い鱗に覆われた巨体を、ずるりずるりと動かしている。


「ゆっくりと散開しろ。全員配置に」


 指示に従い行動を始める。

 海神は穢れに濁った目――大人一人ぐらいの大きさがあるだろうか――で辺りを見回している。こちらのことは既に視界に入っているのだろうが、まるで気に留めていない。穢れ憑きには珍しい行動である。だが、これはこれで好都合だ。これだけ巨大な生物が暴れれば近づくことすら命懸けになる。楽観的な考えだが、この間に近づいてミナに護神剣を使わせればいい。


「あれが青蛇様、初めて見る」

「怖いのか?」

「はい。目の前にすると足がすくんでしまっています」


 白狐は左の手でミナの腕を掴むと強く引き寄せ、しっかりと聞こえるように言う。


「何があっても止まるな。皆を信じて動き続けろ、でないと死ぬぞ」


 三回ほどミナが頷いたのを確認して、視線を海の方に向けると足場作りが着々と行われている。あるものは土を生み出し、またある者は海を凍らして氷の足場を作っていた。

 しかし、いよいよ海神も徐々に迫ってくる小さな者達に何かを思ったのか、ゆっくりと鎌首を持ち上げるようにして目線を向けた。危機感を感じ取った者達は作業を止めて走り出す。だが彼らが以下に全力で走っても、果たして逃げることが出来るのだろうか。

 海神は自身の頭を木槌の様に振り下ろす。いや、木槌などという生易しいものでは無い。


「逃げろぉぉぉ!!」


 誰かの絶叫が聞こえたが、今まで聞いた事のないような轟音がそれをかき消した。水飛沫と噴煙が舞い上がり、地面が大きく揺れるせいで立っているのがやっとだ。あれほどの超重量の一撃を受けてしまえば、命はないだろう。


「早々に決着を付けなければ不味いな」

「ですが、どうすれば」

「とにかく、近付かなければ始まらん」


 白狐は懐から笛を取り出し、大きく息を吸い込みそして吹く。笛から出た高い音は風を切り裂いて何処までも響き広がっていく。

 それに対して、応えは爆音で帰ってきた。湾内の至る所から爆発音と閃光が届いてくる。

 海神に向けて火薬によって打ち出された大量の銛が、或いはアバリ達の剛腕によって投げられた槍が飛んでいく。


「先ずはある程度動きを封じる」


 飛んでいく銛と槍の石突にはロープが括り付けられている。大鮫を捕まえる為の切れないように作られたそれは、鉄の糸を編み込んでいる特注品だ。

 何本かは硬い鱗により弾かれたが、鱗の間に入り込んだ銛は深々と突き刺さり海神の動きを阻害する。やられて黙っている海神では無い。空気を震わせる程の声を上げて、身体を波打たせながら暴れる。何本か銛が抜け落ちてその度に大波が当たりを襲う。

 周りの被害は増えるが了承は得ている、望んでいた通り注意は散漫になっていた。


「行くぞ、全力で走れ!」

「は、はい!」

「全方向に注意しろよ!」

「はい!」


 隠れていた物陰から飛び出す。続くようにして護衛の班が三つ、左右と後方を守るようにして付いてくる。

 海神が注意は別の方に向いているいま、迂回はせずに最短距離で詰め寄る。早期に決着を付けなければ被害が増えるだけだ。


「右方向!尻尾が来るぞ!!」

「跳ぶぞ、掴まれ」


 右を見れば声の通り丸太などよりも太く巨大な海神の尻尾が、地面を抉り砕きながら迫ってくる。白狐はミナの腰に腕を回すと跳び上がり、他の者達は地面に深い穴を作り出しそこに逃げ込む。

 巨大な尾が過ぎ去ったあとの地面は砕け散った大小の岩が転がり機動力を阻害されたが、土が海水を吸っていたおかげで砂埃が立たず、視野は確保出来たのが救いだろう。視認できれば対応もできる。


「足場を作る!日の国の者よ、ミナを青蛇様の元まで!!他の者達は引き続き護衛だ!」

「承知!」


 後ろを付いてきていた一班四人が地面に手を当て、海面下から大地を押し上げてくれる。

 白狐達はその上を全力で駆け抜けながら、腰の刀に手をかけた。





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