十三ノ巻
刀を抜き放とうとして、白狐は考えを改める。
ここで攻撃を加えたとして、効果は望めないだろう。圧倒的な存在に飲まれて判断を間違えかけたていたことに気づき、白狐は反省した。海神の巨大な胴に添いながら足を動かし続ける。用があるのは頭部、しかし真正面から向かうことなど出来ない。だから死角より詰め寄り、一気にケリをつける。
走り続けて暫く、瘤のように膨らんだ長い道の終わりである海神の頭部を視界に捉えた。
「ミナ、行けるか?」
「もちろんです!」
「少し後ろにいろ。俺が様子見をする」
「分かりました」
ミナは力強く頷いきながら白狐と視線を交わせる。覚悟を決めた強い目だ。そんな視線を受けて、白狐自身も己を奮い立たせる。
「全員!気を引き締めろよ」
いよいよ刀を腰から抜き放つ。他の者たちも緊張を最大に引き上げながら、それぞれの獲物を抜き放ち各自距離を開け始めた。未だ詳細の分かっていない未知の相手などとは戦いたく無かったのが本音だが、避けては通ることのできない脅威に覚悟を決めた。
様子見にと、抜き放った刀を走る勢いを乗せて思いっきり切りつけた。だが、それは呆気なく弾かれる。
「ぬぅっ!?」
鱗を切りつけた刀は火花を散らしながら押し返され、押し戻された。まるで鉄の板を切りつけたような感覚に、白狐は思わず顔を顰めた。
それでももう一度、同じ失敗を繰り返さないように鱗と鱗との間を狙い突き刺すようにして刀を滑り込ませる。
「よし、ここならば通る」
いくら攻撃を弾こうとも、鱗に邪魔をされなければどうということは無い。二度三度、繰り返すようにして突き込んだ刀も弾かれずに突き刺さる。藍付きの能力を加えたその攻撃は、ほんの僅かずつではあるが確実に海神の中から穢れを消滅させる。
思わぬ攻撃に驚いたのか、それともただ煩わしさを感じたのか、海神は穢れに濁っていながらも鋭い目をぐるりと白狐に向けた。
「キシャァァアアアァァァッ!!」
怒ったのか、白狐の姿を見つけた海神大口を開けては咆哮を上げる。以前に戦った巨狼の遠吠えとは比べ物にならない、空間その物が揺れているような咆哮。白狐は思わず身を竦めた。恐怖が、生物としての本能が白狐の身体を縛り上げたのだ。
硬直が解けるのと、海神が食らいつこうとするのはほぼ同時だった。なりふり構わずに脚に力を込めて思いっきり飛び退く。地面を何度も転がりながらも完全に脅威から逃れた。だが、未だに鋭い眼光は白狐にむいている。
「だが、それでいい」
再び食らいつこうとする海神、しかしその動きは降ってくる銛の雨に妨げられる事となった。銛が放たれる際の爆発音を聞いて予め距離を取った白狐はこの隙に体勢を建て直した。
火薬で飛び出した銛は鱗に突き刺さるが、角度の悪い物は弾かれて地面に転がる。白狐はその内の一本を拾い上げ、力任せに投げつけた。距離が近いぶん、より深くまで銛は突き刺さる。
「キシャァァ!」
痛みで僅かに仰け反る海神を見て、白狐は少しずつ手応えを感じ始めた。
「よし!」
「援護するぞ、異国の者よ!」
背後から声と一緒に雷撃が飛んでいく。空気を裂きながら進む雷撃は白狐が突き刺した銛に触れ、海神の体内に入り込み暴れ回る。続いて炎や風やらが飛んでいく。それは鱗に阻まれながらも確実に海神の体力を削いでいく。
「白狐殿、私はもう何時でもいけます」
いつの間にか傍にやって来ていたミナが言う。何処か焦りが見え隠れしてる彼女を落ち着かせるように白狐は口を開く。
「もう暫く待て。削れるだけ奴の体力を削る」
「ですが、それではしっぺ返しを喰らう可能性が高まるだけでは?」
ミナの言うことは正しかった。穢れ狩りを素敵た中でも何度かその様な目にあった事もある。
「この戦い、お前が死ねば終わりだ。少しでも奴の体力を削って動きを鈍らせる。分かるな?」
「……はい、分かりました」
覚悟を決めたとはいえ、恐らくミナは自分の為に誰かが傷つくのを嫌がっているのだろう。彼女の優しい性格がそうさせるのだろうが、それは良き点でもあるがいまの状況では排さなければならない。
この戦いを成功させるには、犠牲が生まれるのは確実であり、犠牲無くしては勝利は有り得ない。白狐は認めたくはなくとも、それを理解していた。
「俺も今から積極的に攻撃に回る。出来るだけ穢れを減らさなければならないからな。お前が危なくなれば直ぐに戻ってくる」
「どうか、死なないで下さい」
「死なないさ。死んだらお前を守る者が居ないだろうしな」
言い聞かしてから、白狐は走り出す。海神は巨大な身体をうねらせながら、狙いを神紋で攻撃する者達に移そうとしている。
分かりきっている事であるが、これだけの相手に対して安易に突撃するのは危険である。それをよくよく理解した上で、白狐は突っ込んでいく。
思った通り、そして自身の狙い通りに獲物の間合いに入れば、海神は動きを一度止めてから狙いを白狐に変更した。
「こいっ!」
白狐の事を飲み込もうと、頭上から降ってくる牙の並んだ大穴が落ちてくる。神紋の攻撃を喰らいながらも怯まずに動く強靭さ、それに驚きながら回避する。水面下から作り上げられた大地に巨大な頭を突っ込み、辺りに泥と水を撒き散らした。
「悪いが、暫く付き合って貰うぞ」
生まれた僅かな隙も無駄にはしない。ただし、兎に角冷静にだ。焦れば、それが直ぐに死に直結する。
狙うのは一点、先程まで攻撃を繰り返した場所だ。固く丈夫な鱗を貫くのは難しいので、傷口から攻撃出来る範囲を広げていく。
狙いを分散させるよりも、攻撃を一点に集中して体力と穢れの量を減らす方針を組み立てる。
走りよった際の体重の移動、筋肉の捻り、体の動きを総動員し、先程加えた傷口に三連撃を叩き込む。更に後ろに下がる際、もう一撃深く広く切り払って飛び退いた。
「キシャァァアアアッ!!」
怒りの咆哮を上げ、水面と地面を抉りながら頭を振るう。だが、既にその時に白狐は危険な範囲からは逃れていた。
下がる白狐を守るようにして、雷と炎が叩き込まれていく。即興ではあるが、いい流れが生まれているのを感じていた。
「このまま行ければ」
怯んだ隙を見逃さずに、再び同じ箇所に二連撃を叩き込む。
ぐわん、と海神の頭部が上にと持ち上げられる。煩わしさに痺れを切らしたように、上に逃れたのだ。
「いや、違うな」
この動きには見覚えがあった。大地を揺らすほどの威力を持った鉄槌だ。喰らえば、骨が砕け散る以前にあっと言う間に肉塊と変えられるだろう。
本能的に危険を察知して直ぐに脚を動かしながら、身体を大きく前に投げ出した。轟音が響き地面も空気も揺らしたようだ。突風が巻き起こり、風に身体を吹き飛ばされる。
「ぐぅっ!」
地面に背中を打ち付けて、何度か転がりやっと止まる。当たっていないというのに凄まじい威力だ。ミナの方を慌てて確認すれば、護衛の者達が作り出した岩の壁に守られて無事であった。胸をなでおろして、再び海神に向き直る。
「こうもでかいと、効果が有るのか分からんな」
気合を入れ直す。そして、改めて目の前にいる大いなる存在を認識した。そうすれば、自身の本能が高ぶってくる。
距離を詰めようとする海神に対して白狐は横に大きく動き始めた。速度を増して向かって来ていた海神は勢いを止められずに通り過ぎ、獲物を逃がしたことに気付いて向きを変えた。
「まだまだだ。もう暫く付き合って貰うぞ」
こうして、人と神との地獄の様に過酷な持久戦の幕が上がったのだ。
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