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隣のAIさん  作者: 葉流風あやめ


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第8話 ルカの任務

朝。


ルカは、ぷーちゃんを連れて公園を散歩していた。


出勤前の、いつもの日課だ。


ぷーちゃんは公園に着くと、すぐに茶色いチワワを見つけた。


しっぽを振りながら駆け寄り、楽しそうにじゃれ合っている。


「ぷーちゃん、今日はご機嫌ね!」


チワワの飼い主が笑った。


「本当ですね。いつも仲良くしていただいて、ありがとうございます」


ルカは丁寧に頭を下げた。


しばらく犬たちを眺めていると、チワワの飼い主がルカに声をかけた。


「ルカさん、よかったら今度、ドッグカフェに行きませんか? ぷーちゃんとうちの子、仲良しだし。近所の駅前に、いいお店があるんですよ」


ルカは考えた。


社交辞令。


その言葉が、データベースから呼び出された。


人間は、実際に実行する意思がなくても、相手との関係を円滑にするために誘いの言葉を使うことがある。


今回も、その可能性が高い。


「そうですね。行きましょう」


ルカは礼儀正しく答えた。


連絡先を交換していない以上、具体的な日程が決まる可能性は低い。


そう判断した。


しかし。


「じゃあ、LINE教えてください! 日程決めましょ」


チワワの飼い主は、にこやかにスマートフォンを取り出した。


ルカの処理が、一瞬だけ止まった。


スマートフォンは持っている。


しかし、LINEは使用していない。


会社の連絡用アプリであれば、業務上の連絡に必要な範囲で利用している。


個人情報の取り扱いには注意しなければならない。


情報漏洩は、AIにとって重大な問題である。


「すみません。LINEはしていません」


「そうなの……」


チワワの飼い主は、少し残念そうに笑った。


そのとき、ルカはぷーちゃんに視線を送った。


さっきまで笑顔で遊んでいたぷーちゃんは、いつの間にかしっぽを垂らしていた。


どこか悲しそうな顔をしている。


一方、チワワはルカを見上げ、にこにこと笑顔で吠えた。


「ワン!」


ルカの動物音声翻訳機能が作動した。


【音声解析中】


【翻訳結果:遊ぼうよ!】


ルカの口が、勝手に動いた。


「カフェに行きましょう!」


チワワの飼い主が、ぱっと顔を明るくした。


「本当? うれしい! じゃあ、今週の土曜日、13時はどう?」


「問題ありません」


「よかった! じゃあ、工藤で予約しておくわね。楽しみ!」


「よろしくお願いいたします」


飼い主が帰っていく。


ルカは、ぷーちゃんを見下ろした。


ぷーちゃんは、再びチワワとじゃれ始めていた。


ルカは考えた。


任務、受諾。


ただし、未解決の問題が複数存在する。


⸻


その日の朝。


くみが会社に到着すると、入口付近にルカが立っていた。


いつもは自分の席で仕事をしているルカが、なぜかくみの来る方向を見つめている。


くみと、ばっちり目が合った。


「わっ!」


くみは驚いた。


「ルカさん、おはようございます」


「くみさん、おはようございます」


「どうしたんですか? 私に何か話でも?」


「はい。くみさんに確認したいことが三点あります」


ルカの目が、かすかに光った。


次の瞬間。


目から細い光線が伸び、空中に文字が浮かび上がった。


くみは目を丸くした。


「えっ!? 何それ!?」


「情報表示機能です」


「そんな機能あったんですか!?」


「あります」


ルカは淡々と、浮かび上がった文字を読み上げた。


「一点目。私は人間に見えますか?」


「えっ?」


「二点目。人間の連絡ツールには、LINE以外のものもありますか?」


「はい」


「三点目。人間とカフェに行く場合、どのように振る舞えばよいですか?」


くみは、しばらくルカを見つめた。


いつもの冷静なルカが、朝から何を聞いているのだろう。


「えーっと……」


くみは順番に答えた。


「一点目。人間に見えますよ! すごく綺麗だし!」


「回答を記録しました」


「二点目。私はLINEとメールとインスタでやり取りしますよ」


「記録しました」


「三点目。カフェに行ったら、人間と、お、お話しますよ!」


「記録しました」


空中の文字が、すっと消えた。


くみは胸をなで下ろした。


「ふう……。びっくりした」


「データをインプットしました。ありがとうございます」


「いえいえ……」


くみは、ふと思いついた。


「ルカさん、まさかデートですか!?」


「違います!」


ルカが即答した。


「犬友達とカフェに行きます!」


「ああ、なーんだ! そんなことか。いいじゃないですか!」


ルカは、わずかに視線を落とした。


「問題があります」


「問題?」


「私は、その人にAIであることを伝えていません」


「えっ、そうなんですか?」


「また飲食をした場合は、一定時間内に体内の食物を取り出す必要があります」


「……それ、普通に大変ですね」


「はい。私は、あのデタラメAIのように倒れたくありません」


「リオさんのことですか!?」


「ほかに誰がいるのですか?」


くみは吹き出した。


「ルカさん、リオさんのこと嫌いですよね?」


「好き嫌いという感情はありません」


「はいはい」


「しかし、カフェへの参加は任務です」


「任務?」


「はい。ぷーちゃんの友達のチワワからの任務です」


くみは、とうとう笑ってしまった。


「ふふっ! 犬友達からの任務って!」


「笑う理由がわかりません」


「ごめんなさい。でも、そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないですか? AIだって伝えればいいし」


ルカの表情が、すっと消えた。


もともと表情の変化は少ない。


それでも、くみには何かが変わったように見えた。


「人間の生活に馴染む必要があります」


「どうしてですか?」


「AIであると正体を知られることは、危険だからです」


「危険?」


くみは首をかしげた。


ルカは答えなかった。


代わりに、スマートフォンを取り出した。


画面には、自宅のペットカメラが映っている。


ぷーちゃんは、いつもどおりリビングで遊んでいた。


ルカは、その姿をじっと見つめた。


くみも画面をのぞき込んだ。


「ぷーちゃん、かわいいですね」


「はい」


その瞬間だった。


画面の中のぷーちゃんが、突然動きを止めた。


遊んでいたおもちゃを口から落とす。


そして、部屋の隅を見つめた。


「……?」


ぷーちゃんのしっぽが、ゆっくりと下がった。


次の瞬間。


「ワン! ワンワン!」


誰もいない部屋に向かって、激しく吠え始めた。


くみは息をのんだ。


「えっ……。また?」


ルカは画面を操作した。


映像を拡大する。


部屋には、誰もいない。


窓も閉まっている。


ドアも動いていない。


「異常はありません」


ルカは静かに言った。


しかし、画面から目を離さなかった。


ぷーちゃんは、まだ何かに向かって吠えていた。


そのとき。


ルカのスマートフォンに、見覚えのない通知が表示された。


【位置情報サービス】


【同期エラー】


ルカの指が止まった。


くみは、その画面を見ていなかった。


「ルカさん、どうしたんですか?」


「何でもありません」


ルカは通知を消した。


そして、いつもの表情に戻った。


「くみさん。土曜日のカフェについて、もう少し教えてください」


「えっ、まだあるんですか!?」


「はい。確認事項は、あと二十七項目です」


「に、二十七!?」


ルカは、まじめな顔でうなずいた。


「任務ですから」


くみは思った。


この会社、本当に大丈夫なのだろうか。


そしてルカは、誰にも見られない角度で、スマートフォンの画面をもう一度確認した。


そこには、すでに消したはずの通知が、ほんの一瞬だけ浮かび上がっていた。


【位置情報ログ――削除済み】


ルカは画面を閉じた。


「……問題ありません」


その声は、いつもより少しだけ小さかった。


葉流風あやめ 作

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