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隣のAIさん  作者: 葉流風あやめ


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第6話 AIとフレネミー

朝、くみが出社すると、リオの周りに人間の女性社員たちが集まっていた。


「リオさん、おはようございます!」


「おはよう!」


リオは爽やかな笑顔で答えた。


「リオさん、今度お食事に行きませんか?」


「いいね! いつにする?」


「えっ、本当ですか!?」


女性社員の顔がぱっと明るくなった。


「私もご一緒していいですか?」


「もちろん!」


「じゃあ、私も!」


いつの間にか、リオの周りには人だかりができていた。


その中にいた二人の女性社員が、得意げにルカのほうをちらりと見た。


くみはその光景を眺めながら、ルカの席に向かった。


「おはようございます、ルカさん」


「おはようございます、くみさん」


ルカはいつもどおり、パソコンの画面を見つめていた。


「リオさん、すごい人気ですね」


「そうですね」


「毎日あんな感じなんですか?」


「だいたい、あんな感じです」


「モテるって大変なんですね」


「私はモテたことがないので、わかりません」


くみはルカの美しい顔を見つめた。


こんなにきれいなのに。


そう思ったが、口には出さなかった。


そのとき、先ほどルカをちらりと見ていた女性社員が二人、席にやってきた。


ふわりと香水の香りがした。


一人は茶色の髪をした華やかな美人。もう一人は、黒髪の清楚系美人だった。


茶髪の女性社員が、にっこりと笑った。


「ルカさん、おはようございます」


「おはようございます」


「ルカさんって、本当に肌がきれいですよね! まるで陶器みたい! うらやましいなあ」


「ありがとうございます」


「いいなあ。私なんて、最近肌荒れがひどくて。AIってお肌のお手入れも必要ないんですよね?」


「通常のメンテナンスは必要です」


「へえー! そうなんだ!」


もう一人の女性社員が、思い出したように手を叩いた。


「そうだ! 今度、リオさんと食事会をするんですけど、ルカさんも来ます?」


「食事会ですか?」


「はい! リオさんも来るんですよ!」


「業務外の予定については、まだ確認していません」


「あっ! でも、ルカさんってAIだから、食べられないんでしたっけ?」


「食事は可能です」


「えっ、そうなんですか? 知らなかった!」


二人は顔を見合わせて笑った。


「でも、私たちと話していても、つまらないですよね!」


「どうしてでしょうか?」


「だって、ルカさんって頭いいじゃないですか! 私たちと話しても、レベルが違いすぎて退屈しちゃいますよね!」


「そのような判断はしていません」


「あはは! さすがルカさん!」


黒髪の女性社員が、ルカの顔を覗き込んだ。


「そういえば、ルカさんって、いつも一人ですよね?」


「通常、業務は一人で行います」


「そういう意味じゃなくてえ」


女性社員は、くすくすと笑った。


「私たちと一緒にいたら、気疲れしちゃいますよね! 頭がいい人って、いろいろ考えることが多そうだし!」


「気疲れ、ですか?」


ルカはきょとんとした顔で二人を見た。


「えっ、AIって気を使えるのかな?」


二人は顔を見合わせ、声をそろえて笑った。


「はははっ!」


会社じゅうに響き渡るような高笑いだった。


くみは二人を真顔で見つめていた。


二人は、そんなくみの視線には気づかないふりをして話を続けた。


「ルカさん、怒っていませんか?」


ルカはパソコンの画面を見ながら答えた。


「私に怒るという感情はありません」


「よかったあ! 怒らせちゃったかと思いました!」


女性社員は、ほっとしたように胸をなでおろした。


「ルカさんがエラーを出したら、私たち仕事なくなっちゃう!」


「大変なんですよー。人間が就職するのって!」


二人は顔を見合わせて笑った。


「でも、ルカさんっていつもお仕事が早いですよね! すごい!」


「ありがとうございます」


「いつもリオさんと一緒にお仕事してますよね」


「業務上、必要な会話をしています」


「へえ。いいなあ。毎日あんなにかっこいい人とお話しできて」


「そうですね」


ルカは淡々と答えた。


女性社員たちは顔を見合わせた。


「でも、ルカさんってAIだから、そういうのはわからないですよね」


「どういうことでしょうか?」


「好きな人がいると、毎日会いたくなったりするじゃないですか」


「そのような経験はありません」


「ですよねえ」


一人がくすくすと笑った。


「人間って、そういうところが面倒なんですよね。AIには理解できないかもしれないけど」


「そうですね」


ルカは画面から目を離さなかった。


「でも、リオさんも大変ですよね」


もう一人が言った。


「毎日、ルカさんみたいな美人と一緒にいたら、周りの女性が誤解しちゃいそう」


「誤解とは?」


「えー、わからないんですか?」


女性社員は笑った。


「リオさんと付き合ってるんじゃないかって思われちゃうってこと!」


「そのような事実はありません」


「もちろん、わかってますよ。ルカさんはAIですもんね!」


二人は笑いながら、その場を離れていった。


「じゃあ、私たち仕事に戻りますね!」


そう言って、女性社員たちは去っていった。


くみは、二人の背中を見つめていた。


言葉だけ聞けば、普通の会話に聞こえる。


褒めているようにも、気遣っているようにも聞こえる。


けれど、どうしてこんなに嫌な気持ちになるのだろう。


「ルカさん」


「はい?」


「今の、気になりませんでしたか?」


「何がでしょうか?」


ルカは不思議そうに首を傾げた。


「特に問題のある発言は検出されませんでした」


「そういうことじゃなくて!」


くみは思わず声を上げた。


ルカが顔を上げる。


くみは、女性社員たちが去っていった方向を見た。


もう我慢できなかった。


「ルカさんはリオさんを好きではありません!」


近くにいた女性社員たちが振り向いた。


「そもそも、ルカさんがリオさんと付き合っているなんて、本人は一言も言っていません!しかも、ルカさんはAIで、感情もありません!」


言い切ってから、くみは少しだけ不安になった。


自分は何を言っているのだろう。


でも、ルカにあんな言い方をする必要なんてない。


そう思ったのだ。


女性社員の一人が、気まずそうに笑った。


「別に、そんなつもりじゃなかったんだけど」


「そうですか。でも、聞いていて気持ちのいい会話ではありませんでした」


くみはまっすぐに相手を見た。


「AIだからって、何を言ってもいいわけではありません」


二人は顔を見合わせると、何も言わずに立ち去っていった。


その様子を、少し離れたところからリオが見ていた。


「鈴木さん、なかなかやるね」


「リオさん!」


くみは振り返った。


「聞いてたんですか?」


「うん。最初からね」


「だったら、何か言ってくださいよ!」


「僕が言うと、余計に話がややこしくなりそうだったから」


リオは肩をすくめた。


「それに、鈴木さんが言ってくれたしね」


「……別に、私は」


くみは目をそらした。


「ただ、嫌だっただけです」


「そっか」


リオはいつもの笑顔を浮かべた。


「ありがとう」


「え?」


「ルカのこと、気にかけてくれて」


くみは少し照れくさくなった。


「いえ、そんな……」


「リオさん」


ルカが口を開いた。


「はいはい、何かな?」


「業務の続きをお願いします」


「えー、今いいところだったのに」


「業務時間です」


「はいはい」


リオは笑いながら、自分の席へ戻っていった。


くみも仕事に戻ろうとした。


そのとき、ルカに呼び止められた。


「くみさん」


「はい?」


「先ほどは、ありがとうございました」


くみは目を丸くした。


「えっ……。いえ、私は別に」


「私のために発言してくれたのですよね」


「はい」


ルカは少しだけ首を傾げた。


「不思議ですね」


「何がですか?」


「私は、あの会話を不快だとは判断していませんでした。ですが、くみさんは不快だと感じたのですね」


「そうですね……」


くみは言葉を探した。


「うまく説明できないんですけど、ああいう言い方って、相手を嫌な気持ちにさせるじゃないですか」


「相手を嫌な気持ちにさせる」


ルカは、その言葉を繰り返した。


「はい。たぶん、そういうことです」


「わかりました」


ルカはパソコンに向き直った。


カタカタカタカタ――。


いつものように、ものすごい速度でキーボードを打ち始めた。


くみは自分の席へ戻った。


その日の午後。


ルカのパソコンには、一件の記録が追加されていた。


『記録:くみさんが私を擁護した』


『状況:第三者による発言』


『対応:感謝を伝達』


そして、その下に一行。


『このときの反応が、感情に関連するものかは不明』


ルカは記録を保存した。


画面を閉じる。


その表情は、いつもと変わらなかった。


ただ、記録だけが残っていた。


葉流風あやめ 作

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