第5話 AIの休憩時間
午前中の仕事がひと段落したころだった。
部長がルカの席にやってきた。
「ルカくん、悪いんだけどさ」
「はい」
「ここ、前年の売上を書いちゃってるから。消して。今年のだけでいいからさ」
「承知いたしました」
「あと、この請求書なんだけど」
部長は書類をルカの前に置いた。
「返品分もあるから、まあ……うまくやっといて」
「承知いたしました」
部長はそれだけ言うと、その場を離れていった。
くみは目を丸くした。
「すごい!」
「何がでしょうか?」
「ルカさん、今の説明だけでわかったんですか?」
ルカは返事をしなかった。
パソコンと同期していた。
その瞳からは、さっきまであった光が消えている。
くみが画面を覗き込むと、大量のコードがものすごい速度で流れていた。
速すぎて、何が表示されているのかまったくわからない。
数秒後。
カチッ。
同期が終了した。
ルカの青い瞳に、ぱぁっと光が戻った。
「はぁ……」
ルカが小さく息を吐いた。
そして、ぽつりと言った。
「部長って、ちょっと雑ですよね」
「えっ?」
くみは目を丸くした。
「ルカさん、そんなこと言って大丈夫なんですか?」
「大丈夫です」
ルカは淡々と答えた。
「会話履歴を削除しました」
「いや、そういう問題じゃなくて!」
くみはルカを見た。
なんだか、少し不憫に思えてきた。
「ルカさん、休憩しませんか?」
「休憩ですか?」
「はい!」
二人は休憩室へ向かった。
休憩室には、たくさんの植物が置かれていた。
大きな木に、多肉植物、観葉植物。
そして、部屋の隅には大きめの鳥籠があった。
中には黄色いインコが一羽いる。
インコが甲高い声で話しだした。
「コーヒーおいしいね!」
「お腹へった!」
「帰りたい!」
そして突然、
「あなたはAIですか?」
くみはインコを見つめた。
「何を言ってるんですか?」
「わかりません」
ルカは真顔で答えた。
「たぶん、覚えた言葉を適当に組み合わせています」
インコは再び鳴いた。
「あなたはAIですか?」
くみは思わず笑ってしまった。
くみは休憩室で、コーヒーを二つの紙コップにそそいだ。
紙コップには、かわいらしい肉球のマークがついていた。
「かわいいなぁ。ふふ」
くみは思わず笑った。
「ルカさん、コーヒーどうぞ!」
「私は飲みません」
「あっ……そうでしたね」
「……」
気まずい沈黙が流れた。
くみは手元の紙コップを見て、慌てて言った。
「でも、肉球かわいくないですか?」
「……かわいいですね」
「えっ、かわいいって思うんですか!?」
「肉球の形状が、視覚的に好ましいという意味です」
「そ、そうですよね」
ルカの分のコーヒーをテーブルに置いた。
そしてくみはコーヒーを一口飲んだ。
「はぁ。おいしい。休憩、いつでも取れて、コーヒータイムまであるのいいですね」
「はい」
「私、タバコを吸わないので。タバコ休憩ってちょっと羨ましかったんです。だから嬉しいです」
ルカはテーブルのコーヒーに目を向けた。
「オフィスには液体は持ち込み禁止ですからね」
「そうですよね。もしパソコンにこぼしたら大変ですもんね」
「違います」
「え?」
「私たちAIにです」
くみは固まった。
「す、すみません」
エラーが怖くて、つい謝ってしまう。
すると、ルカがくみを見た。
「くみさん」
「はい」
「すぐに謝らないでください」
「え?」
「謝るということは、ときに自分が不利になります」
「わかりました」
くみは真剣にうなずいた。
「すみません」
「また謝りましたね!」
「えっ!」
「エラーを出しますよ?」
「えーー!」
くみの顔が青ざめた。
するとルカは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「嘘です」
くみは胸をなでおろした。
「びっくりした……」
「冗談です」
「ルカさん、冗談言えるんじゃないですか!」
「学習しました」
「なるほど……」
くみは、少しだけルカとの距離が縮まった気がした。
「そういえば、ルカさんはタバコ吸いますか?」
「私は吸いません」
「ですよね」
「でも、吸ったことはあります」
「えっ、そうなんですか?」
「販売前の実験です」
ルカは窓の外を見た。
青い瞳が遠くを見つめる。
その横顔は、あまりにも美しかった。
くみは思わず見とれてしまった。
「くみさん?」
「あ、すみません!」
「また謝りましたね」
くみは口を押さえた。
「今回はエラーにしません」
「よかった!」
くみは笑った。
「そういえばルカさん、いつも休憩中は何してるんですか?」
「特に何もしていません」
そう答えながら、ルカはスマートフォンを取り出した。
画面にはペットカメラの映像が映っていた。
そこには、茶色いトイプードルがいた。
「かわいい!」
くみは微笑んだ。
「名前はなんていうんですか?」
ルカは画面を見つめた。
ほんの少しだけ、その表情が柔らかくなった。
「ぷーちゃんです」
「かわいいですね」
ルカは答えず、ぷーちゃんを見つめていた。
その横顔は、いつものAI美人ではなく、どこか普通の女の子のように見えた。
くみは思った。
ルカさんには、本当に感情がないのかな。
でも、その疑問を口にすることはなかった。
葉流風あやめ 作




