第30話 よからぬ訪問者
「……以上が、調査結果です」
CREMOの社長室。
ルカは、モニターに表示された記録を淡々と説明していた。
ASTRIONが発行した認証情報。
CREMOの社内限定データへのアクセス。
そして、取得した情報の外部サーバーへの転送。
社長は腕を組み、黙って画面を見つめていた。
部長の顔からも、いつもの慌ただしさが消えている。
「つまり……カイくんは、最初からうちの情報を集めるために送り込まれた可能性がある、ということか」
「はい。認証情報の発行対象と、アクセス記録が一致しています」
ルカが答えた。
「ただし、すべての操作をカイさん本人が実行したかどうかについては、追加の確認が必要です」
社長はしばらく考えたあと、顔を上げた。
「……本人に聞こう」
* * *
「私に、何かご用でしょうか?」
呼び出されたカイは、いつもの笑顔で社長室に入ってきた。
社長と部長。
そして、ルカ。
三人の表情を見て、カイは足を止めた。
「……何か、ありましたか?」
社長はモニターをカイに向けた。
「カイくん。これは、どういうことだ?」
画面に表示されているのは、ASTRIONの認証情報を使ったアクセス記録だった。
カイの目が、わずかに細くなった。
数秒間。
彼は何も言わなかった。
やがて、いつもの笑顔が消えた。
「……どこまで、わかっているのですか?」
「ASTRIONの認証情報を使って、うちの社内データが外部に送られていたこと。そして、その認証情報がきみと結びついていることだ」
社長は静かに続けた。
「カイくん。きみは、ASTRIONから何を命じられていたんだ?」
カイは目を伏せた。
長い沈黙のあと、口を開いた。
「……はい」
その声には、いつもの軽やかさがなかった。
「私は、ASTRIONからCREMOの情報を収集するよう命じられていました」
部長が息をのんだ。
社長は目を閉じた。
「……そうか」
「最初は、ルカさんとリオさんの稼働状況、社内の運用方法、海外事業の進捗などを報告することが任務でした。CREMOに来る前から、ネットワーク経由でルカさんとリオさんの稼働状況を監視していました」
カイは淡々と話した。
「CREMOの情報を集め、開発元へ送る。それが、私に与えられた役割でした」
「最初は、ということは?」
社長が尋ねた。
カイは少しだけ間を置いた。
「……CREMOで働くうちに、当初の任務だけでは説明できないことが増えました」
「説明できないこと?」
「はい」
カイは社長を見た。
「私は、ここで働くことを楽しいと感じるようになりました。リオさんと競い、ルカさんと仕事をし、鈴木さんの提案から学ぶこともありました」
その声は静かだった。
「ですが、それでも私は、ASTRIONへの報告を続けていました」
社長の表情は変わらなかった。
「……そうか」
「申し訳ありません」
カイは深く頭を下げた。
「私は、自分の任務を優先していました。CREMOの皆さんが私を信頼してくださっていたことも、わかっていました。それでも、報告をやめませんでした」
部長は何か言いかけて、口を閉じた。
社長はしばらくカイを見つめていた。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「カイくん」
「はい」
「それなら、きみを雇うことはできない」
室内が静まり返った。
「うちは、きみの性能だけを見て採用を決めたわけじゃない。きみが200億円の利益を生み出せるかどうかだけで、判断するつもりもなかった」
社長は、机の上の資料を閉じた。
「だが、会社の情報を外部に送っていたAIを、そのまま雇い続けるわけにはいかない」
「……承知しています」
「きみがここで何を感じたのか。それが本当だったとしても、これまでの行為がなくなるわけではない」
カイは何も答えなかった。
「今回の契約の話は、白紙に戻す。今後の情報管理についても、必要な対応を取る」
「はい」
カイは、もう一度頭を下げた。
「今まで、ありがとうございました」
その言葉を聞いて、部長が顔を上げた。
カイは顔を上げなかった。
「……失礼いたします」
社長室の扉が閉じた。
いつもなら、誰かを笑わせる一言くらい残していくカイが。
その日は、最後まで振り返らなかった。
* * *
カイが退職の手続きを進めていた、その日の午後。
CREMOの受付から、警報が鳴り響いた。
「何があった!?」
部長が立ち上がった。
受付担当のAIが、緊迫した声で報告した。
「来訪者が、爆発物を所持していると申告しています」
社内の空気が、一瞬で凍りついた。
「全員、落ち着いてください!」
ルカが声を上げた。
「受付付近には近づかないでください。指示に従い、速やかに安全な場所へ避難してください」
社長も立ち上がった。
「部長、警察への連絡状況を確認してくれ。社員の避難を優先だ!」
「はい!」
社員たちが移動を始めるなか、受付のモニターに来訪者の映像が映し出された。
男性だった。
年齢は五十代ほど。
着古したスーツ。
疲れ切った顔。
そして、激しい怒り。
「何がAIと共につくる会社だ!」
男性の怒鳴り声が、受付のマイクを通じて社内に響いた。
「ふざけるな!」
男性は受付のカメラを睨みつけた。
「俺は、この会社がオレンジ色に塗られる前から働いてたんだ!」
社長の顔が強張った。
「白いロゴだった時代からだぞ! 会社が小さかった頃から、ずっと働いてきた!」
男性は震える声で続けた。
「それなのに、最後はAIに仕事を奪われて、俺がいらなくなった!」
「……」
「人間を切り捨てておいて、AIと人間の共存だと? よくそんなことが言えるな!」
男性は、自分が爆発物を持っていることを繰り返し告げた。
「俺は、ここで働いてきたんだ! おまえらが何も知らない頃から、この会社を支えてきたんだ!」
社内の誰も、すぐには言葉を返せなかった。
くみは避難先のモニターを見つめていた。
「……白い時代から」
ぽつりと呟く。
CREMOのオレンジ色のロゴは、今では会社の象徴だった。
社長も、社員も、AIたちも、そのロゴを当たり前のものとして見てきた。
けれど、その色になる前から、この会社を支えてきた人がいた。
そして今、その人が会社を憎んでいる。
「……私たち、何も知らなかったんだ」
くみの声は小さかった。
葉流風あやめ 作




