第28話 売上200%!?
「売上が、上がりました」
朝の会議室。
カイの一言に、CREMOの社長が勢いよく立ち上がった。
「なにっ!?」
「海外事業のテスト販売についてです。前月の同期間と比較して、売上は二十八パーセント増加しました」
「二十八パーセント!?」
社長は両手を握りしめた。
「聞いたか、部長! 二百億円の男が、本当に動き始めたぞ!」
「まだ二百億円稼いでません!」
「細かいことを言うな!」
「売上と利益は別です!」
ルカが静かに口を挟んだ。
「部長の指摘は正しいです」
「ルカさんまで!」
「売上が二十八パーセント増加したことは確認できました。ただし、現段階では利益への影響を継続して検証する必要があります」
社長は椅子に座り直した。
「……夢を見るくらい、いいじゃないか」
「夢を見る前に、数字を確認してください」
「うちのAIは厳しいなあ!」
社長は頭を抱えた。
その隣で、リオがカイの資料を覗き込んでいた。
「へえ。二十八パーセントか。カイくん、やるじゃない」
「ありがとうございます。リオさんの知名度も、広告への流入に貢献しています」
「そう? いやあ、世界的スターになると大変だね」
「リオさん、まだ何も頼んでいません」
「え?」
「これからお願いする予定です」
リオの笑顔が止まった。
「……僕、忙しいんだけど?」
「承知しています。撮影時間は十五分です」
「十五分!?」
「ワインを選ぶ時間より短いと思います」
「それは比較対象がおかしいよ!」
ルカが淡々と記録した。
《リオさんの業務協力意欲:要観察》
「ルカちゃん、今の消して!」
「記録しました」
「消してよ!」
「会話履歴を削除しました」
「本当に!?」
「嘘です」
「ルカちゃんまで成長しなくていいんだよ!」
会議室に笑い声が広がった。
しかし、カイはすでに次の資料を開いていた。
「今回、売上が伸びた理由は三つあります」
モニターにグラフが表示された。
「一つ目は、広告の配信先を見直したこと。二つ目は、購入されやすい商品を中心に掲載順位を変更したこと。三つ目は、販売地域ごとに在庫の配置を調整したことです」
「広告を増やしただけじゃないのか?」
部長が尋ねた。
「広告費は、むしろ抑えています」
「えっ?」
「購入につながりにくい配信先への出稿を減らし、反応のよい地域に予算を振り分けました。また、注文が増える地域に在庫を近づけることで、配送費も削減しています」
ルカが画面を確認した。
「広告費は前月比八パーセント減。配送費は一商品あたり十二パーセント減です」
社長がゆっくり立ち上がった。
「……カイくん」
「はい」
「君、うちに来てくれて、本当によかった」
カイは一瞬だけ目を伏せた。
「まだ、結果を出し続けなければなりません」
「謙虚だなあ! よし、記念に社長室のロゴを金色に――」
「塗り替えないでください!」
部長の声が響いた。
「まだ利益が確定していません!」
「夢がないなあ!」
「会社の資金繰りに夢を持ち込まないでください!」
* * *
その日の午後。
カイは海外向けの商品ページを確認していた。
リオが隣から画面を覗き込む。
「ねえ、カイくん。次は僕の動画を使うんでしょ?」
「はい。商品との相性がよい視聴者層に向けて配信します」
「僕がワインを持って微笑む動画とか?」
「今回の商品はキッチン用品です」
「……ワインを飲みながら料理すればいいんじゃない?」
「広告の内容と商品の関連性が低くなります」
「じゃあ、僕が料理するのは?」
「過去の調理データを確認します」
カイが端末を操作した。
数秒後。
「リオさんの調理実績は、確認できませんでした」
「これから作ればいいじゃない!」
「では、撮影前に練習時間を設けます」
「僕、世界中にファンがいるんだけどなあ!」
「存じています。その影響力を、売上につなげたいのです」
リオはしばらくカイを見つめた。
それから、ふっと笑った。
「……ほんと、仕事になると容赦ないね」
「リオさんに教えていただいたこともあります。知名度があることと、商品が売れることは別だと」
「僕、そんなこと教えたっけ?」
「以前、海外展開の会議でおっしゃっていました」
「……僕、意外といいこと言うんだね」
「はい。たまに」
「たまに!?」
ルカが通りかかり、立ち止まった。
「お二人とも、業務に集中してください」
「僕は集中してるよ!」
「リオさんは、先ほどからワインの通販サイトを開いています」
「これは市場調査!」
「ワインの市場調査は、今回の担当業務に含まれていません」
「厳しいなあ!」
* * *
一週間後。
海外事業のテスト販売が終了した。
会議室のモニターに、最終結果が表示された。
《売上:前月比+31%》
《広告費:前月比-8%》
《配送費:一商品あたり-12%》
《営業利益:前月比+24%》
部長が何度も数字を確認した。
「……本当に、利益まで増えてる」
「はい。今回はテスト販売の範囲ですが、一定の成果が確認できました」
カイは落ち着いた声で答えた。
社長は無言で立ち上がった。
「……部長」
「はい」
「聞いたか?」
「聞きました」
「二百億円の男だ」
「だから、まだ二百億円稼いでません!」
「いいじゃないか! 呼び名くらい!」
社長はカイの肩に手を置いた。
「カイくん。これからも頼むぞ!」
「はい。今回の結果を分析し、次の施策につなげます」
「素晴らしい! よし、社長室の椅子も新しく――」
「買い替えないでください!」
「まだ何も言ってないだろう!」
「顔に書いてあります!」
リオが大笑いした。
「社長、カイくんの給料を上げる前に、自分の椅子を買い替えるつもりだったんですか?」
「ち、違う! これは経営戦略だ!」
「どんな?」
「……座り心地による生産性の向上!」
ルカが即答した。
「根拠となるデータがありません」
「うちのAIたちは、どうしてこうも夢がないんだ!」
会議室は笑いに包まれた。
カイも、わずかに口元を緩めた。
数字は、嘘をつかない。
少なくとも、今回の成果は本物だった。
彼は自分の端末に視線を落とした。
その瞬間、画面の隅に通知が表示された。
《ASTRION 内部連絡》
《至急:定期報告について》
カイの指が止まった。
通知を開くことなく、画面を閉じる。
「カイくん?」
リオが不思議そうに顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「……いえ。何でもありません」
カイはいつもの笑顔に戻った。
「次の目標を考えていました」
「もう次?」
「はい。二百億円ですから」
リオは少しだけ目を丸くしたあと、笑った。
「そっか。じゃあ、僕も負けていられないね」
二人は再びモニターに向き直った。
CREMOの海外事業は、確かに前へ進み始めていた。
けれど。
カイの端末には、まだ開かれていない通知が残っていた。
《ASTRION 内部連絡》
その送り主が、何を求めているのか。
それを知る者は、まだ誰もいなかった。
葉流風あやめ 作




