第27話 200億円の男
「社長! 特注スーツの注文は取り消してください!」
朝から、部長の声が社長室に響いていた。
「ええー! もう採寸まで終わったのに?」
CREMOの社長は、椅子に座ったまま不満そうに頬を膨らませた。
「まだ二百億円を稼いだわけではありません!」
「わかってるよ。だから、これから稼ぐんじゃないか」
「カイさんが稼ぐんです!」
「うちの社員が稼ぐんだから、社長の私も関係者だろう?」
「そういう問題ではありません!」
社長は、机の上に置かれたスーツのカタログをめくった。
「でも、ほら。これなんかいいと思わない? オレンジの裏地に、金色のボタン!」
「会社のロゴを金色に塗り替える話は、もう終わったはずです!」
「スーツは別だよ!」
部長が頭を抱えた。
そのとき、社長室のドアが開いた。
「おはようございます」
カイだった。
「おお! カイくん! 待っていたよ!」
社長は立ち上がり、カイの両肩をつかんだ。
「君には期待しているからね! なんたって、七十億円のAIだ!」
「社長。私自身が七十億円というわけではありません」
「そうだった! 二百億円の男だったね!」
「まだ一円も稼いでいません!」
部長のツッコミが、社長室に響いた。
カイは、穏やかに笑った。
「ご安心ください。まずは、海外事業の収益改善から着手します」
「おお! 頼もしい!」
「社長はスーツの収益改善から着手してください」
「部長、今日も厳しいねえ……」
⸻
その日の午前十時。
CREMOの会議室には、リオ、カイ、ルカ、部長が集まっていた。
テーブルのモニターには、海外事業の収益データが表示されている。
「現状、北米市場では売上が伸びていますが、利益率が想定を下回っています」
カイが説明を始めた。
「広告費、物流費、現地販売代理店への手数料。この三つが主な要因です」
リオが資料をのぞき込んだ。
「広告費は、僕がアメリカで知名度を上げたおかげで、かなり効率がよくなっているはずだけど?」
「はい。リオさんの知名度は、集客に大きく貢献しています」
「でしょ?」
リオが得意げに胸を張った。
「ただし、知名度が高いことと、利益率が高いことは別問題です」
「……はい?」
「現状の広告は、購入につながらない閲覧も多く含んでいます。商品ごとに広告の対象を見直せば、費用を抑えられます」
リオは資料を見つめた。
「なるほどね。人気があるからって、全部の広告に僕を出せばいいわけじゃないってことか」
「そのとおりです」
「……やるじゃない、カイくん」
「ありがとうございます」
「でも、僕の写真を減らしすぎるのはやめてね?」
「費用対効果を確認したうえで検討します」
「そこは即答で断ってよ!」
ルカが淡々と口を挟んだ。
「リオさんの写真を減らすと、リオさんの機嫌が悪くなる可能性があります」
「ルカ、余計な分析をしないでくれる?」
「業務上、必要な分析です」
部長は、額を押さえた。
「……この会議、ちゃんと進むんでしょうね?」
カイは画面を切り替えた。
「次に、物流費です。地域ごとの注文数と配送経路を見直し、現地倉庫の配置を調整します」
「倉庫の配置まで?」
部長が驚いた。
「はい。注文の多い地域と、配送に時間がかかっている地域を照合しました。倉庫を一か所増やすより、既存の拠点間で在庫を再配置するほうが効率的です」
ルカがデータを確認した。
「試算上、配送関連費用の削減が見込めます。ただし、実際の効果は運用開始後に検証する必要があります」
「そのとおりです」
カイはうなずいた。
「まずは一部地域で試験運用し、結果を確認してから拡大します」
リオが腕を組んだ。
「勢いだけじゃなくて、ちゃんと段階を踏むんだね」
「大きな利益を生み出すには、無駄なリスクを減らす必要がありますから」
リオは笑った。
「いいね。僕も協力するよ」
「ありがとうございます。リオさんの交渉力が必要な場面もあります」
「任せて!」
リオは立ち上がった。
「よーし! 海外事業、もう一段階上げていこう!」
部長も、ようやく表情を明るくした。
「これなら、事業計画を具体的に立てられそうです」
会議室の空気が、少しずつ前向きに変わっていった。
⸻
数日後。
カイの提案した改善策は、北米市場の一部で試験的に導入された。
広告の配分を見直し、物流の無駄を減らし、販売代理店との契約条件を再交渉する。
その結果、対象地域では配送費用が減り、広告から購入につながる割合も改善した。
まだ、七十億円には遠い。
ましてや二百億円など、簡単に届く数字ではない。
それでも、最初の成果は確かに出ていた。
部長は報告書を見ながら、何度も数字を確認した。
「……本当に改善している」
「試験運用の結果です。全地域に適用した場合の効果は、これから検証します」
カイは冷静だった。
リオは、カイの肩を軽く叩いた。
「すごいじゃない。最初の一歩としては上出来だよ」
「ありがとうございます」
「でも、これで満足しないでね。二百億円なんだから」
「もちろんです」
カイは笑った。
「リオさんこそ、僕に負けないでくださいね」
「おっと! 言うようになったね!」
二人は顔を見合わせた。
その様子を見ていたルカは、静かに記録した。
《海外事業:改善傾向》
《カイさん・リオさん:協力関係を確認》
けれど、画面を閉じる直前。
ルカの視線が、別の記録に止まった。
⸻
その夜。
ルカは、社内システムのアクセス履歴を確認していた。
海外事業のデータは、複数の部署やシステムを経由して処理される。
通常の業務でも、外部の認証形式が使われることはある。
だから、見慣れない認証があるだけで、異常とは言い切れない。
しかし。
あるアクセス記録には、少し不自然な点があった。
《アクセス先:社内限定データ》
《認証形式:外部開発元に関連》
《アクセス日時:深夜》
ルカは、別の日付の記録を開いた。
同じ認証形式。
違うデータ。
さらに別の日にも、同じ形式が残っていた。
「……不自然ですね」
ルカは、記録を並べて比較した。
アクセスした主体は、まだ特定できない。
認証形式だけでは、カイ本人が操作したとは断定できなかった。
それでも、カイの開発元に関連する認証形式が、社内限定データへのアクセスに繰り返し使われている。
偶然と決めつけるには、気になる記録だった。
ルカは、画面を閉じずに保存した。
《確認事項:外部開発元に関連する認証履歴》
《追加調査:必要》
「……カイさん」
ルカは、小さくつぶやいた。
「……この記録は、いったい誰が残したのでしょうか」
画面の中で、記録された時刻だけが静かに並んでいた。
葉流風あやめ 作




