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隣のAIさん  作者: 葉流風あやめ


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第21話 おかえり、世界一有名なAI

「……ルカさん」


くみは、隣の席に座るルカに声をかけた。


「はい。何でしょうか」


「この前は、すみませんでした」


「何についてでしょうか」


「リオさんのことが心配で……仕事に集中できなくなってしまって」


くみは、膝の上で手を握った。


「感情に流されてしまって、仕事に集中できなくて。本当にすみません」


ルカは、少しだけ首をかしげた。


「気にすることはありません」


「でも……」


「揺れながら動くのが、人間です」


くみは顔を上げた。


「え……?」


「迷い、悩み、立ち止まる。それでも、また動き出す。人間はそういうものだと学習しています」


ルカは、いつもの落ち着いた声で続けた。


「くみさんは、リオさんのことを心配していました。それでも仕事に戻り、事件の解決に協力しました」


「……はい」


「ですから、謝る必要はありません」


くみは、しばらく何も言えなかった。


「……ルカさんって、優しいですね」


「その評価は、以前にも受けています」


「ふふっ」


くみは笑った。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


ルカは、いつものようにキーボードを叩き始めた。


その画面の端には、小さく記録が残されていた。


『記録:くみさんが謝罪』


『対応:謝罪不要と伝達』


『備考:くみさんの表情が明るくなった』


ルカは、その記録を保存した。


*


数日後。


アメリカからの帰国便が、羽田空港に到着した。


到着ゲートの前には、たくさんの報道陣が集まっていた。


テレビカメラ。


マイク。


フラッシュ。


そして、到着を待ち構える大勢の人々。


「……何ですか、これは」


リオは、ゲートを出た瞬間に足を止めた。


「リオさん! 今回の事件について、コメントをお願いします!」


「世界中で話題になっていますが、今のお気持ちは?」


「お子さんを救助したとき、危険だとは思わなかったのですか?」


「フォロワーが一億人を突破したことについて、一言お願いします!」


次々とマイクが差し出される。


リオは、にっこりと笑った。


「いやあ、すごいね! 僕、そんなに人気者だったの?」


同行していたエンジニアが、疲れた顔で答えた。


「ご自分のフォロワー数くらい、確認してください」


「えー? だって、修理中はワインのことで忙しかったから」


「修理中にワインは飲んでいません!」


「そうだったかな?」


「そうです!」


報道陣の笑い声が起こった。


リオはカメラに向かって手を振った。


「皆さん、ただいま! 日本はいいねえ!」


そのまま取材陣に囲まれながら、用意されていた車へと向かった。


*


CREMO。


くみがパソコンに向かっていると、社内のニュース画面が切り替わった。


『世界的に話題となったAI、リオさんが本日帰国しました』


画面には、空港で手を振るリオの姿が映っていた。


「……帰ってきた!」


くみは思わず立ち上がった。


「リオさん、元気そうですね」


カイが画面をのぞき込んだ。


「はい……よかった」


くみは、ほっと息をついた。


ルカもニュースを確認した。


「稼働状態に問題はなさそうです」


「ルカさん、そこなの?」


「重要な確認事項です」


「ふふっ。そうだね」


そのとき、CREMOの入口から、聞き慣れた声が響いた。


「ただいまー!」


リオだった。


「リオさん!」


くみは笑顔で駆け寄った。


「おかえりなさい!」


「ただいま、鈴木さん!」


リオは、いつもの爽やかな笑顔を浮かべた。


「いやあ、久しぶりだね! みんな元気だった?」


「はい! リオさんこそ、もう大丈夫なんですか?」


「もちろん! 完全復旧だよ!」


リオは胸を張った。


「最新の部品に交換してもらったからね。前より性能が上がっているかもしれない!」


「その分、ワインの制限も厳しくなっています」


後ろから、エンジニアが淡々と言った。


リオの笑顔が止まった。


「……余計なことを言わなくていいんだよ」


「重要な情報です」


「鈴木さん、聞かなかったことにしておいてね」


「聞こえていますよ、リオさん」


ルカが即答した。


「ルカさんまで!」


オフィスに笑い声が広がった。


「ところで、皆さんにお土産があるんだ!」


リオは大きな紙袋を机に置いた。


「アメリカのお菓子だよ!」


「わあ、ありがとうございます!」


くみが袋をのぞき込むと、カラフルなパッケージがぎっしり詰まっていた。


「こんなにたくさん!」


「一億人に知られた男のお土産だからね!」


「お土産の量とフォロワー数に関係はありません」


ルカが言った。


「夢がないなあ!」


リオは大げさに肩を落とした。


カイが袋から箱を一つ取り出した。


「これ、アメリカで人気のお菓子ですか?」


「そうそう! 現地の人に教えてもらったんだ。僕のおすすめだよ!」


「ありがとうございます。あとでいただきますね」


カイは笑顔で答えた。


リオは、そんなカイをじっと見つめた。


「……カイくん」


「はい?」


「なんか、背が伸びた?」


「変わっていません」


「そっかあ。僕がいない間に、ずいぶん成長したように見えたんだけどなあ」


「リオさんがいない間も、僕たちは普通に仕事をしていましたから」


「……そうだよね」


リオは一瞬だけ黙った。


そして、すぐに笑顔を取り戻した。


「いやあ、僕がいなくても大丈夫だったなんて、優秀な後輩がいてうれしいよ!」


「ありがとうございます」


カイは素直に頭を下げた。


「でも、リオさんが戻ってきてくれて、うれしいです」


リオは目をぱちぱちさせた。


「……え?」


「また一緒に仕事ができますから」


カイは、いつもの明るい笑顔を向けた。


リオは、少しだけ視線をそらした。


「……まあ、そうだね」


「リオさん?」


「いや、全然気にしてないよ!」


ルカの指が動いた。


『記録:リオさんが「全然気にしていない」と発言』


『備考:発言の必要性は不明』


「ルカさん! それ、記録しなくていいから!」


*


昼休み。


リオは休憩室でコーヒーを飲みながら、くみに話しかけた。


「鈴木さん、アメリカのニュース見た?」


「はい! すごかったです。世界中で話題になっていましたね」


「いやあ、まいったよ。街を歩いていると、声をかけられることが増えてね」


リオは得意げに胸を張った。


「この前なんて、レストランで写真を頼まれたんだ!」


「すごいですね!」


「だろ? しかも、ワインを飲んでいるところを撮られたんだよ」


「……リオさん」


エンジニアの声が、休憩室の入口から響いた。


「何ですか?」


「ワインの話は、しばらく禁止です」


「えっ!?」


「修理後の経過観察が必要です」


「でも、僕はもう完全復旧したんだよ?」


「だからこそ、再発防止が必要なんです」


リオは、くみのほうを向いた。


「鈴木さん。人間って大変だね」


「リオさんはAIですよね?」


「……そこは言わなくていいだろ!」


くみは声を出して笑った。


こんなふうに、みんなで笑える日が戻ってきた。


それが、思っていた以上にうれしかった。


*


翌朝。


CREMOのオフィスには、いつもより少しだけ活気があった。


「おはようございます!」


くみが出社すると、リオが自席で手を振った。


「おはよう、鈴木さん!」


「リオさん、もうお仕事してるんですね」


「もちろん! 世界一有名な営業AIだからね!」


「……自分で言うんですね」


「事実だからね!」


リオは爽やかに笑った。


その隣では、カイが端末を操作していた。


「リオさん、さっそく海外企業から問い合わせが届いていますよ」


「えっ、もう?」


「はい。昨日のニュースを見た企業から、商談の依頼が複数来ています」


カイが画面を見せた。


そこには、海外企業からの問い合わせがずらりと並んでいた。


「すごい……!」


くみは思わず声を上げた。


「これ、全部リオさん宛てですか?」


「そうですね。救助活動の映像が世界中で広まった影響も大きいようです」


カイが説明した。


リオは満足そうにうなずいた。


「いやあ、困ったなあ。人気者はつらいね!」


「まだ商談が成立したわけではありません」


ルカが淡々と言った。


「ルカさん、朝から厳しくない?」


「事実を伝えています」


「そこは『さすがリオさんです!』って言うところだろ?」


「さすがリオさんです」


「……棒読みだね」


くみは吹き出した。


「ふふっ!」


「鈴木さんまで!」


リオは大げさに肩を落とした。


*


その日の午前中、部長から緊急のミーティングが招集された。


会議室のモニターには、海外企業から届いた問い合わせ一覧が表示されていた。


「リオ君の件もあって、海外からの問い合わせが急増している」


部長は資料をめくった。


「今後は、海外事業をさらに拡大する必要がありそうだ」


「いいですね!」


リオが勢いよく手を挙げた。


「僕に任せてください! アメリカでの商談経験もありますし、世界中の企業と仲良くなれますよ!」


「リオさん、今回の問い合わせには、まだ取引実績のない企業も含まれています」


カイが穏やかに指摘した。


「相手企業の文化や商習慣を調べたうえで、個別に対応する必要があります」


「もちろん、わかっているよ!」


リオは胸を張った。


「僕だって、ただワインを飲んでいたわけじゃないからね!」


「ワインを飲んでいたことは否定されないんですね」


ルカが言った。


「そこは重要じゃないだろ!」


部長は咳払いをした。


「今回は、リオ君に海外企業との商談を担当してもらう。ただし、問い合わせの整理と初期対応はカイ君にも協力してもらいたい」


「承知しました」


カイはすぐに答えた。


「わかりました!」


リオも笑顔でうなずいた。


ところが。


「ちなみに、初期対応の優先順位は、企業ごとの取引規模と契約条件をもとに判断するのがよさそうです」


カイが画面を切り替えた。


「すでに分類案を作成しました」


モニターには、きれいに整理された一覧表が表示された。


部長は目を丸くした。


「おお! 仕事が早いな!」


「ありがとうございます」


カイは笑顔で答えた。


リオは黙って一覧表を見つめた。


「……へえ」


「リオさん?」


くみが声をかけた。


「いや、何でもないよ!」


リオはにっこり笑った。


「全然気にしてないからね!」


ルカの指が動いた。


『記録:リオさんが「全然気にしていない」と発言』


『備考:発言の必要性は不明』


「ルカさん、また記録してる!」


*


昼休み。


リオは休憩室でコーヒーを飲みながら、カイの隣に座った。


「カイくん」


「はい?」


「さっきの一覧表、なかなかよかったね」


「ありがとうございます」


「ただね、商談っていうのは数字だけじゃないんだよ」


リオは得意げに指を立てた。


「相手が何を考えているか。何を大切にしているか。そういうことも見なきゃいけないんだ」


「そのとおりですね」


カイは素直にうなずいた。


「だから、リオさんの商談経験を参考にしたいと思っています」


「……え?」


リオは一瞬、言葉に詰まった。


「いや、まあ、そうだね! 僕の経験は貴重だからね!」


「はい。ぜひ教えてください」


カイは真剣な表情だった。


リオは、少しだけ困った顔をした。


勝手に対抗心を燃やしている自分が、なんだか恥ずかしくなったのだ。


「……カイくんってさ」


「はい?」


「もうちょっと、こう……ライバルっぽくしてもいいんだよ?」


「ライバル、ですか?」


「そう! 僕に勝ちたいとか、そういうの!」


カイは考え込んだ。


「僕はリオさんから学びたいと思っています。勝ち負けより、一緒に成果を出せたらうれしいです」


リオはコーヒーを見つめた。


「……そっか」


「はい」


「……まあ、僕は先輩として、余裕を見せておくよ」


「はい。頼りにしています」


「……そういう素直な返事が、一番やりにくいんだよ!」


休憩室に、カイの笑い声が響いた。



*


午後。


くみは、海外企業向けの資料を整理していた。


「カイさん、この会社の紹介文なんですけど、少し気になるところがあります」


「どこですか?」


「ここです。『迅速な意思決定が可能な企業』って書いてあるんですけど、相手の会社が大切にしているのは、慎重な品質管理みたいなんです」


カイは資料を確認した。


「なるほど。企業情報としては正確ですが、今回の提案では強調する部分を変えたほうがよさそうですね」


「はい。相手が何を大切にしているのかが伝わる文章にしたいです」


「わかりました。修正します」


少し離れた席から、リオが二人を見ていた。


「……いいねえ」


「リオさん?」


ルカが声をかけた。


「鈴木さんは、相手の気持ちを考えるのが得意ですね」


リオは笑った。


「僕が採用しただけのことはある!」


「その話、何度目ですか?」


「何度でも言うよ!」


「記録によると、これまでに七回です」


「まだ七回か!」


くみは笑いながら、修正された資料を確認した。


「ありがとうございます。これなら、相手にも伝わりやすいと思います」


カイはうなずいた。


「鈴木さんの視点は、やはり大切ですね」


リオも満足そうに笑った。


「そうだろう? 僕が採用したんだから!」


「リオさん、それはもうわかりました」


「……みんな、冷たくない?」


*


終業時間が近づいたころ。


ルカは、その日の業務記録を確認していた。


海外企業からの問い合わせは増えていたが、データの不整合や不審なアクセスは確認されていない。


「……本日の業務記録、異常なし」


ルカは記録を保存しようとした。


その瞬間。


画面の端に、小さな通知が表示された。


『位置情報サービス/同期エラー』


ルカの指が止まった。


すぐに通知は消えた。


ルカは履歴を開いた。


しかし、そこには何も残っていなかった。


「……記録がありません」


ルカは、もう一度だけ画面を確認した。


そのとき、背後から声がした。


「ルカさん、もう帰る時間ですよ!」


くみだった。


「はい。まもなく終了します」


ルカは画面を閉じた。


「何かありましたか?」


「いいえ。問題ありません」


くみは笑顔でうなずいた。


「じゃあ、また明日!」


「はい。お疲れさまでした」


くみが去ったあと、ルカはもう一度だけ端末を見た。


何も表示されていない。


それでも、ルカは記録した。


『記録:位置情報サービスに同期エラーが発生』


『履歴:確認できず』


『原因:不明』


保存が完了した。


その向こうでは、リオがエンジニアに呼び止められていた。


「リオさん! 今日はワインを飲まないでくださいね!」


「えー! 仕事がうまくいった日は祝杯だろ?」


「修理後の経過観察中です!」


「じゃあ、乾杯だけ!」


「ダメです!」


「……カイくん、助けて!」


「僕は医療担当ではありませんので」


「ルカさん!」


「私は飲酒制限の管理担当ではありません」


「くみさーん!」


「リオさん、今日は我慢しましょう!」


「……味方がいない!」


CREMOのオフィスに、笑い声が広がった。


ルカは、その様子を記録した。


『備考:リオさんの発話頻度、本日も高水準』


『所見:通常業務は順調』


そして、端末を閉じた。


いつもの日常。


いつもの会話。


ただひとつ、記録に残らないものを除いて。

葉流風あやめ 作

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