第2話 隣のAIさん
翌朝。
くみが会社に出社すると、隣の席にはルカが座っていた。
まるで、昨日からずっとそこにいたかのように。
「今日もよろしくお願いします」
くみが頭を下げる。
「よろしくお願いいたします」
ルカも丁寧に頭を下げた。
「あの……」
くみは、おそるおそる聞いた。
「もしかして、ずっとここにいたんですか?」
「いいえ」
ルカは即答した。
「私には家があります」
「え?」
「ペットを飼っているので、帰宅します」
「AIなのに家があるんですか?」
「はい」
ルカはスマートフォンを取り出した。
「とてもかわいいペットです」
画面に映っていたのは、茶色のトイプードルだった。
「かわいい!」
くみは思わず身を乗り出した。
「本物ですか?」
「……」
ルカの表情が、ほんの少しだけ変わった。
「あたりまえです!」
「ひっ……」
「本物のトイプードルです!」
「す、すみません!」
くみは慌てて謝った。
エラーが出るんじゃないかと、ハラハラする。
「ふふっ」
そのときだった。
後ろから、聞き覚えのある男の声がした。
「はじめまして! 君が鈴木さんだね! よろしくね!」
くみが振り返る。
「……あー!」
「もしかして?」
男はいたずらっぽく笑った。
「そうだよ。もしかしてだよ!」
会社のメインビジュアルにも使われている、人気営業AI。
ニュースやバラエティ番組でも、何度も見たことがある。
黒髪を七三分けに整えた高身長の男。
鍛えられた体。
すっと高く整った鼻。
くっきりとした目。
そして、印象的なグリーンの瞳。
「僕はリオ。よろしく!」
「はい。よろしくお願いします!」
くみは少し緊張しながら頭を下げた。
リオは、にこにこと笑っている。
「僕はリオ。よろしく!」
「……はい。よろしくお願いします」
くみは困惑した。
すると、隣からルカの声がした。
「気にしないでください」
「え?」
「性能が悪いので。同じ会話を何度もするんです」
「……」
くみは目を丸くした。
そんな毒を吐くんだ……。
リオはニヤリと笑った。
「ひどいなぁ!」
「事実です」
「僕は性能いいよ!」
リオは胸を張った。
「ゴルフもするし、キャディもこなす。食事だってできるんだ!」
「食事もできるんですか?」
くみは驚いた。
「バラエティ番組で食事していたのは、本当だったんですか?」
「もちろん!」
リオは得意げに笑った。
「ただ、その後、内部から出す作業はエンジニアにお願いしてるけどね」
「なるほど……」
「味覚もわかるよ。ちなみに、ソムリエ検定も持ってる」
「すごいですね!」
リオは満足そうに笑った。
その横で、ルカはじっとパソコンを見ている。
「じゃあ、ルカさんも食べられるんですか?」
くみが聞いた。
「私は食べません」
ルカは画面から目を離さずに答えた。
「私は産業AIです」
「ははは!」
リオが笑った。
「そうだね! 僕だって産業AIさ!」
「でも、食べるんですよね?」
「そこは性能の違いかな」
リオはいたずらっぽく笑った。
「ちなみに僕、ネコを飼ってるよ!」
「ネコ?」
リオがスマートフォンを取り出した。
画面に映っていたのは、ふわふわの毛並みをしたラグドールだった。
「かわいい!」
「でしょ?」
リオは嬉しそうに画面を見せた。
「僕の家族だよ」
「AIでもペットを飼っていいんですね」
「もちろん」
リオは当たり前のように答えた。
「僕らは家も持てるし、要望は基本的に叶えてもらえるよ」
「へぇ……」
「AI愛護団体って知ってる?」
「名前は聞いたことがあります」
「もし僕らが働きづめだったら、AI労基署に訴えられちゃうんだよ」
「AI労基署……」
くみは、以前ニュースで見た映像を思い出した。
AI愛護団体が過激化しているというニュース。
「知りませんでした」
くみは、それ以上何も言わなかった。
すると、リオが突然笑った。
「あ!」
「はい?」
「言い忘れたけど、僕はセクハラOKだからね!」
「え?」
「昨日もキャバクラ楽しかったなー!」
くみは固まった。
「誰かさんみたいにエラーは出ないんだ」
リオはルカを見る。
「僕がセクハラでエラーが出たら、たぶん自爆するよ! ははは!」
「……」
くみは愛想笑いをした。
そして、おそるおそる隣のルカを見る。
ルカは何も聞こえていないかのように、パソコンと同期して作業をしていた。
「……」
リオがルカの隣まで歩いていく。
そして、ルカの顔を覗き込んだ。
「エラー、出しちゃおっかなー」
「え?」
くみは慌てた。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ」
リオは笑った。
「同期中は、なんにも聞こえていないさ!」
「それならよかったです……」
リオは満足そうに笑うと、そのまま自分の席へ戻っていった。
くみはルカを見た。
ルカは相変わらず、何もなかったかのようにパソコンを操作している。
カタカタカタカタカタ――。
くみは思った。
AIって……思っていたより、ずっと人間っぽい。
そして、この会社は。
思っていたより、ずっと変だった。
葉流風あやめ 作




