第17話 話題のAI
午前九時。
CREMOの海外事業部は、いつもより慌ただしかった。
前日に発覚した、海外連携システムへの不明なアクセス。
公開前の商品情報が書き換えられ、一部のアクセス記録も消えていた。
システムの一部は停止され、現在も調査が続いている。
「……昨日の件、まだ原因はわからないんですね」
くみは画面を見つめながらつぶやいた。
「はい。現在も調査中です」
ルカは淡々と答えた。
「不明なアクセスの経路は確認できましたが、実際に操作した人物を特定できていません」
「誰がやったのかも、わからないんだ……」
「現時点では、内部の人間による操作か、外部からの侵入かも断定できません」
くみは小さく息を吐いた。
昨日まで、海外向けの商品説明を作っていた。
カイが翻訳し、ルカがデータを確認し、自分が文章を読み直す。
ただ、それだけだった。
それなのに、今は誰がどの情報を見られるのかさえ、慎重に確認しなければならない。
「鈴木さん」
カイが声をかけた。
「今日は、公開予定の商品情報を優先して確認しましょう。問題のあるデータを見つけたら、すぐに共有してください」
「はい。わかりました」
カイはいつもと変わらない笑顔だった。
「大丈夫です。必ず原因を見つけましょう」
その言葉に、くみは少し安心した。
しかし、ルカはカイの端末に視線を向けていた。
昨日のアクセス記録。
通常とは異なる通信経路。
そして、一部だけ消えていた履歴。
まだ、何もわかっていない。
ルカは自分の端末に新しい記録を追加した。
『記録:海外連携システムの異常について調査継続』
『原因:不明』
『要確認:不明なアクセス経路』
保存を終えたところで、オフィスのテレビからニュースの音声が流れてきた。
『続いて、アメリカからのニュースです』
くみが顔を上げた。
画面には、アメリカの政府施設と思われる建物が映っていた。
『現在、AI技術を活用した企業間連携が世界的に注目されています。そうした中、日本企業CREMOの営業AIが、アメリカを訪問中の政府関係者と面会しました』
「えっ……CREMO?」
くみは思わず画面に近づいた。
そこに映っていたのは、見覚えのある黒髪のAIだった。
すっきりとしたスーツ姿。
背筋を伸ばし、自信に満ちた笑顔を浮かべている。
リオだった。
「リ、リオさん!?」
くみが声を上げた。
カイも画面を見た。
「おお。リオさんですね」
ニュース映像では、リオがアメリカ大統領と握手を交わしていた。
大統領はリオを見て、興味深そうに笑った。
『これが、話題のAIか』
通訳を介して、その言葉が伝えられる。
リオは余裕たっぷりに微笑んだ。
『お会いできて光栄です』
その場にいた関係者たちが笑顔を浮かべた。
画面には、リオと大統領が並んで話す姿が映し出された。
『リオは、企業の国際交渉や顧客対応を担う高性能AIとして知られています。今回の訪問では、AI技術を活用した国際ビジネスの可能性について意見交換が行われたということです』
くみは口を開けたまま、画面を見つめた。
「……リオさんって、そんなにすごいAIだったんですね」
「業務実績は非常に優秀です」
ルカが答えた。
「ただし、飲酒に関する管理実績には改善の余地があります」
「今その話する!?」
くみは思わず笑った。
カイも小さく笑った。
「リオさんらしいですね」
ニュース映像の中で、リオは大統領と握手を続けていた。
その姿は、いつものふざけたリオとは少し違って見えた。
世界を相手に仕事をする、CREMOの営業AI。
くみは、少しだけ誇らしい気持ちになった。
「早く帰ってきてほしいですね」
何気なく口にした言葉だった。
ルカはくみを見た。
「リオさんが不在で、寂しいのですか?」
「えっ!? ち、違いますよ! ただ、いつもいた人がいないと、なんだか変な感じがするだけです!」
「承知しました」
ルカは端末に入力した。
『記録:くみさんは、リオさんの不在について言及』
『理由:不明』
「ちょっと、記録しなくていいですから!」
「記録は保存済みです」
「早い!」
くみが慌てる横で、カイは楽しそうに笑っていた。
そのとき、ニュースの画面が切り替わった。
『なお、今回の訪問は、今後の国際的なAI連携にも影響を与える可能性があります』
画面には、世界地図と複数の企業のロゴが表示された。
「国際的なAI連携……」
カイが、小さくつぶやいた。
くみはその声に気づかなかった。
ルカだけが、カイの横顔を見ていた。
カイはニュース画面から視線を外し、自分の端末を操作した。
ほんの数秒。
その画面に何が表示されたのか、くみには見えなかった。
「カイさん?」
ルカが声をかけた。
「はい?」
「今、何を確認していたのですか?」
カイは顔を上げた。
「海外連携のニュースを見て、今後の業務への影響を考えていました」
「そうですか」
「何か気になることでも?」
カイは、いつもの笑顔を浮かべた。
「……いいえ」
ルカはそれ以上、何も尋ねなかった。
ただ、端末の記録には一行だけ追加された。
『備考:カイさんがニュース放送中に端末を操作』
『目的:不明』
*
その頃、アメリカ。
面会を終えたリオは、同行していたエンジニアとともに車へ乗り込んでいた。
「いやあ、今日はいい仕事をしたね!」
「そうですね。交渉は順調でした」
エンジニアは資料を確認しながら答えた。
「ところでリオさん。夕食ですが、ワインは控えてくださいね」
「えー? せっかくアメリカにいるんだよ?」
「だからです」
「大統領と会ったんだよ? 少しくらい祝杯を――」
「ダメです」
「……厳しいなあ」
リオは窓の外を眺めた。
その顔には、いつもの余裕たっぷりの笑みが戻っていた。
一方、日本では。
くみ、ルカ、カイの三人が、まだ終わらない調査を続けていた。
世界は少しずつ、AIを中心に動き始めている。
そしてCREMOの中では、誰も知らない何かが、静かに進行していた。
葉流風あやめ 作




