第15話 イケメンAI、海外出張へ
「リオさん、来週からアメリカに出張してもらいたいんです」
部長の言葉に、リオは手に持っていたコーヒーカップを置いた。
「……アメリカ?」
「はい。海外展開の第一弾として、現地企業との商談を進めることになりました。先方からも、ぜひリオさんに来てほしいと要望がありまして」
「へえ!」
リオの顔がぱっと明るくなった。
「なるほどね! ついに僕の出番というわけか!」
「はい。これまでの交渉実績と、コミュニケーション能力を評価しての抜擢です」
「いやあ、困ったなあ。僕が優秀すぎると、仕事が集まっちゃうんだよね!」
部長は苦笑した。
「……そうですね」
「今、ちょっと間がなかった?」
「気のせいです」
リオは満足そうにうなずいた。
「まあ、いいでしょう。アメリカかあ。久しぶりに海外のAIたちと交流できるね!」
「リオさん、海外出張の経験があるんですか?」
くみが尋ねた。
「もちろん! 海外企業とのオンライン会議なら何度もあるよ!」
「……現地に行くのは?」
「今回が初めて!」
「ええっ!?」
くみは思わず声を上げた。
「初めてなのに、そんなに自信満々なんですか!?」
「くみさん。僕を誰だと思っているの?」
リオは胸を張った。
「リオだよ?」
「……はい」
「世界中どこへ行っても、僕の魅力は変わらないからね!」
「そうですね……」
くみは、返事に困った。
*
出張の準備は、順調に進んでいた。
リオは現地企業の情報を確認し、商談資料を作成し、移動スケジュールを組み立てた。
そして、その合間に何度もカイのデスクへ足を運んでいた。
「カイ君」
「はい! どうしました?」
「僕がいない間、このプロジェクトを頼むよ」
「もちろんです! 任せてください!」
「いやあ、頼もしいね!」
リオは笑顔でうなずいた。
「ただし、重要な判断をするときは、僕にも連絡してね」
「はい! もちろんです!」
「あと、くみさんの仕事の進み具合も確認しておいて」
「わかりました!」
「それから、ルカの同期状態も――」
「リオさん」
カイが首をかしげた。
「もしかして、心配なんですか?」
「え?」
「僕に任せるのが不安なのかなって」
リオは一瞬、固まった。
「まさか!」
勢いよく否定する。
「僕はカイ君を信頼しているよ!」
「よかったです!」
カイは、ほっとしたように笑った。
「じゃあ、安心して行ってきてください!」
「……うん」
リオは笑顔のまま、自席に戻った。
そして端末を開く。
出張中の業務連絡先。
緊急時の連絡手順。
プロジェクトの進行管理。
念のため、すべて確認する。
(……別に心配しているわけじゃないんだけどね)
リオは、自分に言い聞かせるように思った。
*
出発当日。
空港へ向かう前に、リオはCREMOのオフィスに立ち寄った。
「じゃあ、みんな! 行ってくるよ!」
「いってらっしゃい!」
くみが手を振った。
「リオさん、お土産お願いします!」
「もちろん! 何がいい?」
「えっと……アメリカのお菓子とか?」
「了解! 最新のAIが選ぶ、最高のお菓子を買ってくるよ!」
「普通のお菓子で大丈夫です」
「任せて!」
何を任せていいのか、くみにはわからなかった。
ルカも顔を上げた。
「リオさん。出張中の飲酒量には注意してください」
「……ルカ」
「はい」
「僕は仕事に行くんだよ?」
「前回の出張準備中にも、ワインの購入履歴がありました」
「それは現地の食文化を研究するためだよ!」
「まだ出発していません」
「……事前研究!」
くみは笑いをこらえた。
「リオさん、アメリカでもワインを飲むつもりなんですね」
「くみさん、誤解だよ!」
リオは大げさに肩を落とした。
「僕は仕事に真剣なんだから!」
「はいはい」
ルカは淡々と言った。
「では、業務に支障が出ない範囲でお願いします」
「……はい」
リオは素直にうなずいた。
*
リオが出発して三時間後。
CREMOのオフィスは、いつもどおりだった。
くみは商品説明の資料を作り、ルカはデータを整理し、カイは海外向けの翻訳を進めていた。
「カイさん、この表現なんですけど」
くみが声をかける。
「はい! 確認しますね!」
カイは画面を見て、すぐに修正案を出した。
「こちらのほうが自然だと思います。鈴木さんはどう感じますか?」
「うん、こっちのほうが伝わりやすいです!」
「よかった!」
カイは笑顔でうなずいた。
その様子を見ていたルカが言った。
「本日の作業効率は、昨日より向上しています」
「本当ですか?」
くみが嬉しそうに顔を上げる。
「はい。業務の進行に問題はありません」
カイも満足そうだった。
「リオさんが帰ってきたら、いい報告ができそうですね!」
その瞬間。
くみとルカは、同時にカイを見た。
「……あ」
カイが首をかしげた。
「どうしました?」
「いえ……」
くみは、なんとなくリオの顔を思い浮かべた。
リオがいない間に、仕事が順調に進んでいる。
それは、とてもいいことだ。
いいことなのだけれど。
(リオさん、これを聞いたら何て言うんだろう……)
くみは少しだけ笑った。
*
その頃、アメリカ。
リオは現地企業のオフィスに到着していた。
「Welcome to our office, Rio!」
担当者が笑顔で出迎える。
「Thank you! It’s a pleasure to be here!」
リオも自然な笑顔で応じた。
通訳を介さず、相手の話を聞き、質問し、商談を進めていく。
現地の担当者たちは、リオの対応に感心していた。
「Your communication skills are impressive!」
「Thank you! I try my best!」
リオは笑顔で答えた。
(……ふうん。なかなかいい感じじゃないか)
商談は順調だった。
相手の要望を聞き、条件を調整し、次の打ち合わせの日程も決まった。
リオは満足していた。
これなら、CREMOの海外進出も順調に進められる。
そして、会議が終わったあと。
リオは、ふと思い出したように端末を開いた。
CREMOからの業務報告。
カイからのメッセージ。
『本日の業務は順調です! 翻訳資料も予定どおり完成しました!』
その下には、くみからのメッセージがあった。
『リオさん、こちらは大丈夫です。
商談、頑張ってください!』
リオは、しばらく画面を見つめた。
「……そっか」
小さくつぶやく。
「順調なんだね」
それから、すぐに笑顔になった。
「まあ、当然だけどね! 僕が育てたチームだから!」
誰もいない廊下で、リオは胸を張った。
数秒後。
もう一度、端末を開く。
カイからのメッセージを確認する。
『明日は、鈴木さんとルカさんと一緒に商品説明の改善を進めます!』
リオは画面を見つめた。
「……ふうん」
そして、誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「……僕が帰るまで、あんまり仲良くなりすぎないでよね」
もちろん、そんなメッセージは送らなかった。
リオは端末を閉じ、ホテルの窓から街を眺めた。
遠くに広がる、見知らぬ街の光。
新しい仕事。
新しい出会い。
そして、少しだけ気になる、いつもの職場。
リオは小さく笑った。
「……早く帰りたい、なんてね」
その言葉が、自分でも少し意外だった。
葉流風あやめ 作




