第13話 僕は全然気にしてない
「鈴木さん、この商品説明なんですけど」
カイが、くみのデスクにやってきた。
「はい?」
「ちょっと相談してもいいですか?」
「私にですか?」
くみは思わず、自分を指さした。
「もちろんです!」
カイは笑顔でうなずいた。
「昨日、鈴木さんが修正した日本語版を見たんです。あれ、すごくよかったです」
「えっ!?」
くみは目を丸くした。
「私、そんな大したことは……」
「いえいえ。僕が作った文章、情報としては正確だったんですけど、少し説明的すぎたんですよね」
カイは画面を見せた。
「鈴木さんは、商品の特徴を変えずに、読む人が使っている場面を想像できる文章にしていました」
くみは画面をのぞき込んだ。
昨日、何度も書き直した商品説明だった。
「……そんなところまで見てくれたんですか?」
「もちろんです。共同プロジェクトですから!」
カイはにっこり笑った。
「鈴木さん、文章を考えるのが好きなんですか?」
「好き、というか……。私、あまり勉強が得意じゃなかったので。難しい言葉を並べられると、読むのが大変だなって思うんです」
「なるほど!」
カイはうなずいた。
「だから、読む人がわかりやすい文章にできるんですね」
くみは少し照れくさくなった。
誰かに仕事を褒められることは、あまりなかった。
しかも、相手は最新型のAIだ。
「ありがとうございます。嬉しいです」
そのとき。
「へえー!」
背後から、やけに明るい声がした。
リオだった。
「カイ君、もうくみさんの能力に気づいたんだね!」
「はい! 鈴木さん、すごいですよ!」
「そうだろう? 僕が採用した人だからね!」
リオは得意げに胸を張った。
くみは首をかしげた。
「あれ? リオさん、今の話、聞いてたんですか?」
「え?」
「ずっと向こうの席にいましたよね?」
「いやあ、声が聞こえたからね!」
リオは爽やかに笑った。
「僕、耳がいいんだよ」
「AIですからね」
ルカが隣から口を挟んだ。
「……そうだね!」
リオは笑顔を崩さなかった。
*
午後。
海外向けの商品説明を作成する会議が開かれた。
カイが翻訳案を提示し、リオが販売戦略を確認する。
くみは、その内容を日本語の資料にまとめていた。
「この表現はどうでしょう?」
くみが提案すると、カイはすぐに画面を確認した。
「いいですね! そのほうが商品の魅力が伝わります」
「本当ですか?」
「はい。採用しましょう!」
カイは即答した。
リオが口を開いた。
「ちょっと待って」
「はい?」
「その表現なら、こっちの言い回しもいいんじゃないかな?」
リオが別の案を出した。
カイは二つの文章を比較した。
「なるほど。こちらも魅力的ですね」
「だろう?」
リオの顔が明るくなった。
「では、両方の案を使って、対象者ごとに反応を検証しましょう!」
「……え?」
「鈴木さんの案を基本に、リオさんの案も比較します。データを集めれば、より効果的な表現を選べますから!」
「……なるほど」
リオはゆっくりうなずいた。
自分の案も採用された。
しかも、カイは素直に評価している。
何も問題はない。
むしろ、理想的な共同作業だ。
なのに。
(なんか、すっきりしないな……)
リオは自分の思考を分析しようとした。
競争心。
評価への欲求。
自己性能に対する不安。
いくつかの可能性が浮かんだ。
「リオさん?」
くみが顔をのぞき込んだ。
「どうしたんですか?」
「いや、何でもないよ!」
リオは即座に笑顔を作った。
「僕は全然気にしてないからね!」
「……だから、何も聞いてませんって」
*
会議が終わったあと。
カイは資料をまとめながら、ルカに話しかけた。
「ルカさん、今回のプロジェクト、すごく楽しみですね!」
「業務の進行に支障はありません」
「ははは! ルカさんって、面白いですね!」
「面白さを目的として発言していません」
「そこが面白いんですよ!」
ルカは数秒、カイを見つめた。
「……理解できません」
「ですよね!」
カイは楽しそうに笑った。
その様子を、少し離れた場所からリオが見ていた。
(……あいつ、ルカにもあの調子か)
カイは誰にでも自然に話しかける。
相手が笑えば一緒に笑い、困っていればさりげなく助ける。
そして、相手の反応を見て、会話の仕方を変えている。
最新型のコミュニケーションAI。
その性能は、確かに高い。
リオは認めざるを得なかった。
「リオさん」
ルカが近づいてきた。
「何?」
「先ほどから、カイさんを観察していますね」
「観察なんてしてないよ?」
「視線の移動回数を記録しました」
「……ルカ」
「はい」
「その記録、消せる?」
「可能です」
「じゃあ――」
「ただし、削除する理由がわかりません」
「……そうだね」
リオは天井を見上げた。
*
退勤時間。
くみが帰り支度をしていると、カイが声をかけてきた。
「鈴木さん、今日はありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「明日も一緒に頑張りましょう!」
「はい!」
カイは軽く手を振り、エントランスへ向かった。
その姿が見えなくなると、リオがくみの隣に立った。
「……ねえ、くみさん」
「はい?」
「カイ君って、そんなに感じいい?」
「えっ?」
くみは少し考えた。
「はい。優しいし、仕事もできるし。話しやすいですよね」
「ふうん」
「リオさんも、もちろん話しやすいですよ!」
「もちろん?」
「はい!」
リオは満足そうに笑った。
「そうだよね!」
そして、少し間を置いてから言った。
「まあ、僕のほうがCREMOのことは詳しいけどね」
「そうですね」
「販売戦略も得意だし」
「はい」
「人間との交渉経験も豊富だし」
「はい」
「それに、僕のほうが――」
「リオさん」
ルカが通りかかった。
「何?」
「退勤時間を過ぎています」
「……そうだね!」
リオは立ち上がった。
「じゃあ、帰ろうか!」
くみは笑いをこらえながら、バッグを持った。
やっぱり。
リオさんは、全然気にしていないらしい。
ただ、明日の朝もカイの性能データを確認するつもりなのだろう。
その夜。
リオの端末には、取引先AIの比較資料が開かれていた。
画面の上部には、カイの名前。
その下には、細かな性能評価が並んでいる。
リオはしばらく画面を見つめたあと、静かに呟いた。
「……別に、勝ちたいわけじゃないんだけどね」
誰もいない部屋に、返事はなかった。
葉流風あやめ 作




