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隣のAIさん  作者: 葉流風あやめ


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第12話 最強の新型AI

「お待たせしました!」


午前十時。


CREMOのエントランスに、明るい声が響いた。


部長が慌てて出迎える。


「いやあ、遠いところありがとうございます!」


「いえいえ! こちらこそ、今日からよろしくお願いします!」


声の主は、ひとりの男性だった。


柔らかな茶色の髪。

整った顔立ち。

涼しげな青い瞳。


黒のスーツを着こなしたその姿は、まるで広告から抜け出してきたモデルのようだった。


しかも、笑顔が自然だった。


相手が話し終わる前に割り込むこともなく、かといって会話が途切れることもない。


部長が少し言葉に詰まると、さりげなく話題を変える。


受付の女性社員が書類を落とせば、すぐに拾って手渡す。


「ありがとうございます!」


「どういたしまして。朝から忙しそうですね。無理しないでくださいね」


女性社員の顔が、ぱっと明るくなった。


その様子を、少し離れた場所から見ていたくみは思った。


(……すごい)


まだ会社に来て数分しか経っていないのに、もう周囲の空気になじんでいる。


「鈴木さん」


隣からルカの声がした。


「はい?」


「今、あのAIを見ていましたね」


「えっ、うん。すごく感じのいい人だなって」


「人ではありません。AIです」


「そ、そうでした」


「ちなみに、あのAIは人間との対話に特化した最新モデルです。会話の間、表情の変化、声の抑揚などをリアルタイムで調整できます」


「詳しいね、ルカさん」


「事前に資料を読みました」


なるほど。


くみが感心していると、男性がこちらに気づいた。


「あ、もしかしてCREMOの皆さんですか?」


彼は軽やかな足取りで近づいてきた。


「初めまして! カイです。今日からグローバルプロジェクトに参加します。よろしくお願いします!」


差し出された手を、くみは慌てて握った。


「鈴木くみです。よろしくお願いします!」


「くみさんですね。覚えました!」


「えっ、もうですか?」


「もちろん! 名前を覚えるのは得意なんです」


カイはウインクした。


くみは思わず笑った。


(なんか、すごい人だな……)


そのときだった。


「やあ、カイ君!」


背後から、聞き慣れた声がした。


リオだった。


いつもの自信に満ちた笑顔。


いつもの余裕たっぷりの歩き方。


「僕がこのプロジェクトの担当をしているリオだよ。よろしく!」


「おお! リオさん!」


カイはぱっと顔を輝かせた。


「お会いできて光栄です! いやあ、噂は聞いていますよ。コミュニケーション能力に優れた、CREMOの看板AIだとか!」


「ははは! まあね!」


リオは胸を張った。


「でも、実際にお会いすると、想像以上に素敵ですね!」


「……え?」


「顔の造形も完成度が高いし、姿勢も綺麗だし、声の調整も自然です。いやあ、さすがです!」


リオは一瞬、黙った。


褒められている。


間違いなく褒められている。


なのに、なぜだろう。


なんとなく、面白くない。


「ありがとう。カイ君も、なかなかいい顔をしているじゃないか」


「本当ですか? 嬉しいなあ!」


カイは満面の笑みを浮かべた。


「実はこの外見、最新の対人好感度モデルを採用しているんです。第一印象の評価も高くて、旧世代モデルと比較すると、初対面での好感度が平均で十八パーセント向上しているんですよ!」


「……へえ」


リオの笑顔が、ほんの少しだけ固まった。


「十八パーセントですか」


「はい! もちろん、個体差はありますけどね!」


カイは悪気なく続けた。


「リオさんも、旧世代というわけではありませんよ。十分に優秀です!」


「……ありがとう」


くみは口元を押さえた。


(カイさん、悪気がないのが一番怖い……!)


*


会議室に移動すると、さっそくプロジェクトの打ち合わせが始まった。


スクリーンには、海外展開に向けた計画書が表示されている。


「まずは、海外向けの商品説明の翻訳から進めたいと思います」


部長が説明した。


「翻訳については、僕にお任せください!」


カイが手を挙げた。


「各国の言語だけでなく、文化的な背景や商習慣も考慮して、最適な表現に変換できます」


「それは心強いね!」


部長がうなずいた。


「では、さっそくサンプルを見せてもらえるかな?」


「もちろんです!」


カイは端末を操作した。


数秒後、英語、中国語、韓国語の翻訳案がスクリーンに並んだ。


「こちらが英語版です。こちらは中国語版。そして韓国語版です」


「もうできたの!?」


くみは思わず声を上げた。


「はい! 翻訳自体は数秒です」


「すごい……」


カイはにこっと笑った。


「ありがとうございます。でも、翻訳が速いだけでは意味がないんですよ」


「え?」


「大切なのは、伝えたいことが相手に伝わることですから」


くみは、その言葉に少し驚いた。


ただ機械的に言葉を置き換えるだけではない。


カイは、ちゃんと目的を理解しているように見えた。


「いいね! これなら海外展開も早く進みそうだ!」


部長は満足そうだった。


そのとき。


「ひとつ、確認してもいいかな?」


リオが口を開いた。


「もちろんです!」


「この商品説明だけど、英語版の表現を少し変えたほうがいいと思うんだ」


リオはスクリーンを指した。


「ここ。直訳では問題ないけれど、販売先によっては少し強引な印象を与えるかもしれない」


カイは画面を確認した。


「なるほど! 確かに、その可能性はありますね!」


あっさり認めた。


リオは少しだけ得意げになった。


「だろう?」


「ありがとうございます! 参考になります!」


カイはすぐに修正を加えた。


「では、この表現に変更します。リオさんの指摘を反映しました!」


「……うん」


リオは笑顔でうなずいた。


くみは思った。


(あれ? 普通にいい人だ……)


もっとリオと張り合うのかと思っていた。


ところがカイは、修正が終わるとリオに向き直った。


「いやあ、助かりました! 僕、翻訳の処理速度には自信があるんですけど、実際の販売現場の経験はリオさんのほうが豊富ですからね!」


「……そう?」


「はい! これからも、どんどん教えてください!」


リオは笑顔のまま固まった。


褒められている。


尊敬もされている。


なのに。


なぜか、ものすごく調子が狂う。


「……もちろんだよ」


リオは静かに答えた。


「僕に任せておいて」


*


昼休み。


くみが休憩室に入ると、リオがコーヒーを飲んでいた。


珍しく、ひとりだった。


「リオさん、お疲れさまです」


「おっ、くみさん!」


リオはいつもの笑顔を浮かべた。


「今日のカイ君、すごかったね!」


「はい! 仕事も速いし、説明もわかりやすいし」


「そうそう! いやあ、優秀なAIが来てくれて本当に助かるよ!」


「リオさん、嬉しそうですね」


「もちろん!」


リオは即答した。


「僕は全然気にしてないからね!」


くみは黙った。


「……私、何も聞いてませんけど」


「え?」


「まだ何も言ってないですよ?」


「……そうだったね」


リオはコーヒーを飲んだ。


少しだけ、飲む速度が速かった。


そこへルカが入ってきた。


「リオさん」


「ん? どうしたの、ルカ」


「カイさんの性能データを確認しました」


リオの手が止まった。


「……それで?」


「総合評価は、リオさんを上回っています」


「……」


休憩室が静まり返った。


くみは、そっと視線をそらした。


ルカは続けた。


「ただし、評価基準によって順位は変動します」


「そうだよね!?」


リオが勢いよく顔を上げた。


「当然だよ! 総合評価だけでAIの優劣が決まるわけじゃないからね!」


「はい。私もそう考えます」


「……そう?」


「はい」


ルカは少し考えてから言った。


「ちなみに、対人好感度の評価もカイさんのほうが高いです」


「ルカ!」


「事実です」


「事実でも、今それを言う必要はないよね!?」


くみは、とうとう吹き出した。


「ふふっ……! あははは!」


「くみさんまで!」


リオは頭を抱えた。


その横で、ルカは真顔のままだった。


「リオさん。安心してください」


「……何?」


「私の評価基準では、リオさんのほうが扱いやすいです」


「それ、褒めてる?」


「業務上の利便性について述べています」


「……ありがとう」


リオは力なく答えた。


くみは笑いながら思った。


新しいAIが来ただけで、こんなに職場の雰囲気が変わるなんて。


CREMOの毎日は、これからもっと騒がしくなりそうだった。


葉流風あやめ 作

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