第11話 新プロジェクト
「えー、みなさん。本日は重大なお知らせがあります」
朝のミーティングルーム。
部長の言葉に、社員たちが一斉に顔を上げた。
人間もAIも、同じようにスクリーンを見つめている。
ただし、AIたちのなかには、すでに資料を読み終えている者もいた。
「このたび、CREMOは海外市場への本格的な進出を決定しました!」
部長が声を張り上げた。
スクリーンには、世界地図と大きな文字が表示されていた。
『CREMOグローバルプロジェクト』
「海外のお客様にも、我が社の商品をお届けできるよう、新しい通販サービスを立ち上げます。多言語対応、海外向けの商品説明、現地企業との交渉など、幅広い業務が発生します」
くみは資料をめくった。
英語、中国語、韓国語、フランス語。
見慣れない単語が並んでいる。
「すごい……」
思わず声が漏れた。
隣に座っていたルカが、くみの資料をのぞき込んだ。
「鈴木さん、何がすごいのですか?」
「えっ? 海外に商品を売るなんて、すごいなと思って」
「通販サイトの対応言語を増やすだけではありませんか?」
「そ、そうなんだけど……」
「それほど難しい業務とは思えません」
ルカは淡々と言った。
くみは苦笑した。
このAIに、世界進出のロマンを理解してもらうのは難しそうだった。
「なお、本プロジェクトには、取引先のAI開発企業にも参加していただきます」
部長が続けた。
「先方からは、最新型のコミュニケーションAIが派遣される予定です。非常に高い交渉能力と、多言語処理能力を備えたAIだそうです」
その瞬間。
くみの前の席に座っていたリオが、ぴくりと反応した。
「へえ。最新型?」
「はい。先方の主力製品だそうです。今回のプロジェクトでは、彼が中心となって業務を進めることになります」
「ふうん」
リオは笑顔でうなずいた。
「楽しみだなあ。優秀なAIと一緒に仕事ができるなんて」
その声は、いつもどおり明るかった。
けれど、くみには少しだけ気になった。
リオが手元の端末を操作していたからだ。
画面には、取引先のAIに関する資料が表示されていた。
「リオさん、もう調べてるんですか?」
「ん? ああ、これ?」
リオは顔を上げた。
「仕事の準備だよ」
「まだ名前も発表されていませんよね?」
「だから調べてるんじゃないか」
「……真面目なんですね」
「もちろん。僕は仕事ができるAIだからね!」
リオは胸を張った。
その隣で、ルカが資料から目を離さずに言った。
「自己評価と客観的な性能評価は、必ずしも一致しません」
「ルカ、今のは聞かなかったことにしていいかな?」
「記録しました」
「消して!」
「冗談です」
「最近、そういう冗談を覚えたよね!?」
くみは思わず笑ってしまった。
いつものCREMOだった。
少なくとも、そのときまでは。
*
午後。
くみは部長に呼ばれ、会議室へ向かった。
「鈴木さん、ちょっといいかな」
「はい」
「今回のプロジェクトだけど、海外向けの商品資料の作成補助をお願いしたいんだ」
「私が、ですか?」
「うん。AIが作成した資料を確認して、実際のお客様に伝わりやすい表現に整えてほしい」
くみは少し不安になった。
「でも、私、外国語はあまり得意じゃなくて……」
「外国語の翻訳はAIが担当するから大丈夫。鈴木さんには、内容がわかりやすいか、人間の目線で確認してほしいんだ」
人間の目線。
その言葉を聞いて、くみは少しだけ背筋を伸ばした。
AIが作った資料を、人間が確認する。
入社したときから、この会社では何度も聞いてきた言葉だ。
「わかりました。やってみます!」
「期待しているよ」
会議室を出ると、廊下でリオに出会った。
「おっ、くみさん。部長と何の話?」
「海外向けの商品資料を手伝うことになったんです」
「へえ、いいじゃない!」
リオはにっこり笑った。
「くみさんなら大丈夫だよ。AIがどれだけ優秀でも、最後に人間が確認する意味はあるからね」
「リオさんがそう言ってくれると、安心します」
「でしょ?」
リオは得意げに胸を張った。
「まあ、僕がいれば翻訳も交渉も完璧だけどね!」
「えっ、リオさんも担当なんですか?」
「当然!」
リオは自信満々に答えた。
「……ちなみに、その新型AIって、どのくらい優秀なんですか?」
くみが尋ねると、リオの笑顔が一瞬だけ止まった。
「さあ?」
「調べてたんじゃないんですか?」
「いやあ、まだ詳しくはね!」
そう言いながら、リオは端末をポケットにしまった。
くみは首をかしげた。
やっぱり、何か気にしているのだろうか。
*
その日の夕方。
ルカは自席で、プロジェクトの資料を整理していた。
「ルカさん、海外のAIと一緒に仕事をするの、楽しみですか?」
くみが尋ねた。
「特に感想はありません」
「ですよね……」
「ただし、業務効率が向上する可能性はあります」
「それは楽しみってことじゃないんですか?」
「違います。効率が向上する可能性があるという事実を述べています」
「そ、そうですよね」
くみが苦笑していると、リオが椅子をくるりと回した。
「ところでルカ、取引先のAIが来たら、どんな感じで接する?」
「通常どおりです」
「ふうん。相手がすごく優秀でも?」
「業務に必要な情報を交換します」
「相手が僕より優秀でも?」
ルカは初めて顔を上げた。
「それは、比較対象の評価基準によります」
「……そう」
リオは笑った。
「なるほどね」
くみは思った。
リオさん、やっぱり気にしている。
ものすごく気にしている。
*
翌朝。
くみが出社すると、部長が慌ただしく廊下を歩いていた。
「おはようございます」
「おはよう、鈴木さん! ちょうどよかった」
部長は手元の端末を確認した。
「先方のAI、予定より早く到着するそうだ」
「えっ、今日ですか?」
「そう。もうすぐ来るらしい」
その声を聞いたリオが、すっと立ち上がった。
「へえ。ずいぶん早いんですね」
「最新型だから、スケジュール管理も優秀なんだろうね」
部長は感心したように言った。
リオは笑顔でうなずいた。
「そうですね。楽しみです」
そう言ってから、誰にも見えないように端末を開いた。
画面には、昨夜から何度も確認した同じ資料。
取引先AIの性能評価。
処理速度、交渉成功率、多言語対応能力。
そして、最後の項目。
総合評価――リオを上回る。
リオは無言で画面を閉じた。
「……へえ」
小さくつぶやく。
「面白そうじゃないか」
その笑顔は、いつもより少しだけ引きつっていた。
葉流風あやめ 作




