修復しても怪異が収まらない
行政はどういうわけか、驚くほど早く動いてくれた。佐藤の言っていた『つて』とやらが相当強力だったのか、壊されていた入り口側の道祖神は、数日もしないうちに綺麗に修復されたらしい。
これでひと安心。誰もがそう思っていた。
ところが――。
「怪異は、まだ収まっていないそうだ」
放課後のオカルト部室。
佐藤はどこからか仕入れてきた報告を口にすると、椅子の背もたれに体を預け、考え込むように黙り込んだ。
「……おかしいな」
ぽつりと言葉を漏らす佐藤に、俺は思わず聞き返した。
「おかしいって、道祖神はちゃんと直ったんだろ?」
俺が聞き返すと、佐藤は眉間にシワを寄せたまま、小さく首を振った。
「ああ、修復は終了したときいている。だが、あれが本当にトンネルの両端を結ぶだけの結界だとするなら、怪異の発生はピタリと収まるはずなんだ。それが未だに続いているということは……」
佐藤は弾かれたように顔を上げ、俺と烏丸さんを見据えた。
「僕の最初の推測が、根本的に間違っていた可能性がある」
「間違ってた?」
「そう。あの二体の道祖神は、トンネルを守るために設置されたんじゃないかもしれない」
佐藤はカバンから近隣地域の古地図を取り出し、机の上にバサリと広げた。
「入り口と出口、二つの点だけでは直線にしかならない。仮にあの土地の歪んだ地脈を抑え込むための結界だとするなら、最低でも面で囲む必要がある」
「だとすれば、少なくとももう一点、あるはずだ」
佐藤の細い指先が、古地図に描かれたトンネルの周辺をなぞる。
佐藤の指先が、入り口と出口の道祖神を順に叩き、そのまま山林の奥深くを指した
「次の土曜日、そちらを確認しに行こう。おそらく、そこにあるはずの三体目の先に、今回の異変の本当の原因がある」
「ちょっと待ってくれ、佐藤。三つ目の点って、そんな簡単にアタリがつけられるもんなのか?」
俺の疑問に対し、佐藤はあらかじめ印刷しておいた周辺の拡大地図を机に広げ、胸ポケットから定規と赤ボールペンを取り出した。
「土地全体を鎮めるための配置であるなら、その座標には必ず規則性がある」
佐藤はトンネルの入り口と出口、それぞれ道祖神が設置されている場所に赤く丸印をつけた。そして、その二点を結ぶ直線を引く。
「入口と出口の道祖神は、トンネルを挟んでほぼ一直線上にある。だが、重要なのはトンネルじゃない。この二点を結ぶ線が、山の斜面と谷筋の位置関係に重なっているんだ」
佐藤は地図の二点を指で結んだ。
「この線を斜辺にすれば、三つ目の道祖神の候補は数か所に絞れる。山の斜面と谷筋を重ねて、一番条件の合う場所を選べばいい。オーソドックスな結界術に三四五結界というものがある。三点を結ぶと、三辺の比が三・四・五になる直角三角形ができるんだ。直角三角形は、古い結界術では特別な意味を持つ配置とされている」
「なるほど、直角三角形ね……」
「そして、直角の頂点は垂心、斜辺の中点は外心だ。この二点を結ぶ中線上には、本来ならこの土地の霊的エネルギーの重さを示す重心も綺麗に一列に並ぶはずだった」
佐藤は興奮を微塵も表に出さない淡々とした口調のまま、しかし確信に満ちた手つきで、地図の三角形の「内側」にポツンと黒い点を打った。
「――だが、おかしいな。入り口を修復したのに怪異が止まらないのなら、この三・四・五の結界が囲んでいるのは、地脈じゃないかもしれない。この三角形の内心――つまり、三つの境界から最も等しい距離にある絶対的な中心点ではないか?」
「……内心?」
「そうだ。かつてこの山奥の内心の座標に、何か別の強烈な呪物がある可能性がある。だからこそ、その呪いを外に漏らさないために、入り口と出口、そしてもう一箇所の三点で完璧な直角三角形の檻を作ったんだろう」
佐藤は赤ボールペンを強く握り直した。
「だが、入り口の道祖神が一度破壊されたことで、結界のバランスが完全に崩れた。檻の歪みによって、抑え込まれていた内心の呪物の呪いが、外心――つまりトンネル側へと一気に漏れ出してしまっているんだろう。一度漏れ出した呪いは、直しただけでは戻らない」
佐藤は地図の黒い点を指先でトントンと叩いた。
「この三・四・五の直角を形作る山の深部、その内心の座。そこに、この結界の核であり、すべての怪異を引き寄せている本尊が、今もあるはずだ。これを直接処理しなければ、トンネルの怪異は永遠に終わらないだろう」
「おいおい、オカルトの話をしてたんじゃなかったのかよ。なんで急に数学の授業が始まってんだ?」
「……三角形、きれいです」
「……そうだ、きれいだろう」
佐藤はすっと眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げ、機嫌よく笑った。
地図上に描かれた完璧な直角三角形と、その中心に打たれた不気味な黒い点。
それは、これから俺たちが踏み込むことになる、人知を超えた古い封印を示していた。




