体育祭はスマホのない世界
今日は体育祭。
紅組と白組に綺麗に分かれたグラウンド。
佐藤や烏丸さん、それに俺の2-B勢は白組だった。
体育祭は「スマホは教室に置いておく」という絶対のルールがあるため、俺の心は安心感と開放感に満ち溢れていた。
あの忌々しいスマホカメラのレンズが、今のグラウンドには一枚もないのだ。
開会式。最初は教師の注意事項。そのあと、朝日に映える美しい黒髪に、鮮やかな赤色のハチマキをなびかせて壇上に上がっていくのは、生徒会長の如月結衣先輩だった。
優雅で一切の隙もない動き。普段見慣れている制服とは違う体操服姿。モデルのようなスタイル、すらりと伸びた脚は、白く長い靴下がふくらはぎを綺麗に覆っている。
こうして公の場に立つ彼女は、やはり完璧な『全校のアイドル』だった。その整った顔立ちと抜群のプロポーションに、俺は思わず息を漏らす。
「如月先輩だ……」
「やっぱ綺麗だな、おい」
「生で見るとヤバ……」
「結衣先輩、今日もかっこいい!」
「あの人ほんと何でもできるよね」
周囲の男子どもがわっと湧き立ち、女子たちからも羨望の声が漏れる。
「――宣誓」
マイクを通したよく通る声がグラウンドのざわめきを一瞬で静まり返らせた。
一言で学校中の私語を消し去る圧倒的なカリスマ。俺ですら思わず背筋を伸ばしてしまう。やっぱりこの人は格が違う。
――そんな風に、開会式の余韻に浸りながらグラウンドを移動していた時のことだった。紅組1年の日和たちギャル軍団とのすれ違う。
紅組のハチマキを頭の後ろで大きなリボン結びにした、その辺の女子がやったら一発で教師に怒られそうなスタイルだが、カースト頂点の方々には校則など適用されないらしい。
俺と目が合った瞬間、日和から飛んできたのは無言のガチジト目だった。会話はない。だが、それだけで俺の精神は確実にダメージだけはしっかり受ける。
「あ、お兄さん!ウチら紅組だから負けないからね☆」
日和の隣から、ユナが、バチッとあざといウインクを送ってくる。
一見すると可愛いエールだが、俺にとってはトラウマの引き金でしかない。
「……ああ」
引きつった返しかできない俺の横を、もう一人のギャル、あゆっちがケラケラ笑いながら通り過ぎる。
「お兄さん、あーし期待してるよw今日何やってくれんの?w」
何を期待しているのかは言わなかった。それが一番嫌だった。
今までの経験上、この手の『期待』でろくな目に遭った試しがない。早くも精神をすり潰されながら、俺は白組テントのベンチへと逃げ帰り、そこに腰掛けた。
白組テントのベンチに座りながら、俺は開会式の余韻をぼんやりと眺めていた。
オカルト部の面々もそこにいる。佐藤は日陰の一番奥を確保し、持参の日傘を固定し完全に気配を消して文庫本を読んでいる。烏丸さんはスポーツドリンクのペットボトルを両手で大事そうに抱え、ちびちびと飲んでいた。
グラウンドでは、体育祭実行委員の男女が張り切っている。
「白組集合ー!」
「次の競技の選手確認お願いしまーす!」
俺も目立たず頑張ろう。そんな風に思っていた。
「――一ノ瀬先輩。今日は頑張りましょうね」
不意に、すぐ近くから爽やかな声がした。
見上げると、白組のハチマキを額にキュと巻いた、清水青葉が立っていた。
流石は地区大会優勝候補のアスリートだけあって、無駄のない身体つきだった。
「あ、おう」
俺がそう言うと、青葉は当たり前みたいな顔をして、ベンチの俺のすぐ隣に腰掛けた。
近い。あまりにも距離感が近い。
プール事件のあと、急に近距離になった青葉にどう接していいか分からない。
だが視線は、すらっと伸びた彼女の引き締まった脚へと吸い寄せられてしまった。
不健康な白さではなく、健康的に鍛え上げられた無駄のない綺麗な脚。
「青葉、期待してるよー!」
「頑張ってねー!」
周りの女子生徒たちが青葉に手を振る。青葉も笑顔で手を振り返した。
――が、その女子たちの視線が俺に移った瞬間、露骨に眉がより、顔をしかめられ、汚物を見るような目に切り替わって去っていった。
「清水……目立つからちょっと離れてくれないか」
「え~? なんでよ~?」
青葉はクスクスと意地悪そうに笑いながら、わざと肩が触れ合うくらいに距離を詰めてくる。詰め寄られるたびに、彼女の無駄のない足が視界に強制進入してきた。
(こいつ……わざとやってるな!?)
俺は確信した。青葉は完全に俺で遊んでいる。
女子から不審者扱いされている俺の隣にわざと居座って、リアクションを楽しんでいるのだ。
そして俺が油断して、デレッとしたところで裏切るのだろう。その手に乗るか。
そんなやり取りを経て、いよいよ午前の競技が始まった。
俺が出場したのは「綱引き」や「大玉転がし」といった団体競技だ。これらは個人の動きが目立たない手堅いものばかりで、自分一人に非難が集まるようなポカを起こすこともない。
そして、競技が進行していく中で、俺は佐藤の奇妙な点に気づく。
最低一、二種目は全員義務付けられているはずなのに、あいつは一向に動く気配がない。どうやら学級委員長の権限を利用して、自分の出番を最初から無くしたのかもしれない。まあ、あいつが出たらすべての競技でトップを取って逆に目立ちすぎるから、出なくて正解なのだろう。
一方、烏丸さんはクラスのために健気に頑張っていた。午前中の競技にもちょろちょろと真面目に参加している。
……のだが、如何せん身体が小さすぎるせいで、人が密集するグラウンドに紛れると完全にどこにいるのかわからない。全く目立っていないが、本人は一生懸命やっているのだろう。予測だが。
大きなトラブルもないまま、体育祭は無事に午前の部を終了する。
お昼休憩を終え、グラウンドに午後の開始を告げるアナウンスが響いた。
(本当に……このまま何事もなく終われるかもしれない)
そんな甘い期待を抱きながら、俺はグラウンドへと向かった。




