ジャーナリズムってそういうものだよ
静まり返った旧校舎の視聴覚室。
息を荒くする俺たちの横で、玲奈は呆然とした表情のまま、すぐさま手元のカメラの記録を震える手で確認し始めた。
液晶の光が彼女のシャープな眼鏡を照らす。
「……全部、撮れてる」
その呟きに、俺は泥だらけの制服のまま、胸に熱い希望を抱いた。
これでようやく、俺の汚名も晴らせる。
玲奈は、本物の恐怖を肌で感じた唯一の部外者だ。彼女の筆と言葉があれば、俺が普段、何のために誰と戦っていたのか、やっと全学校生徒に伝わるはずだった。
「うん」
「……うん?」
玲奈は、カメラの液晶画面をじっと見つめたまま、恍惚とした表情で呟いた。
「これは伸びる」
玲奈はニヤリと、今日一番の不敵な笑みを浮かべた。
◇
そして、翌日。
登校するや否や、校内が妙にざわついていることに俺は気づいた。すれ違う生徒たちの視線が、昨日までとは明らかに違う。
これまでの「関わっちゃいけない不審者を見る目」から、まるで「話題の人物を一目見ようとする」野次馬の目へと進化していたのだ。
それもそのはずだった。
新聞部の学校公式SNSアカウントによって密着記事が公開され、すでに学校中で爆発的に話題になっていた。
今回は、しっかり最初から最後まで新聞部に張り付いて取材してもらったのだ。俺が旧校舎の視聴覚室で、御堂を庇いながら怪異と死闘を繰り広げたあの雄姿がばっちり書かれているはずだ。
俺は今度こそ汚名返上できると確信し、自信満々で自分のスマホを開いた。
しかし、画面に表示された実際のタイトルは、俺の淡い期待を木っ端微塵に粉砕するものだった。
『【ガチ不審者】虚空に向かって傘を振り回す2-Bの一ノ瀬くん、女子生徒を勝手に庇って一人で大破してしまう映像がこちら』
「……は?」
それはまっとうな取材記事ではなく、一本の「編集済み動画」だった。
しかもその編集が、あまりにも、あまりにもひどすぎた。
俺は確かに怪異と死闘を繰り広げていたはずだった。だが、完成した編集版の動画のなかで俺がやっていることは、ただの奇行だった。
俺が誰もいない虚空に向かって激しく叫ぶ。
俺が傘を必死に振り回して空を切る。
俺が何もない空間を全力の拳で殴りつける。
俺が誰もいない暗闇を鬼の形相で鋭く睨みつける。
そして――
俺が玲奈を庇って、何もないところで勝手にダイブして豪快に吹っ飛ぶ。
しかも、新聞部が誇る最高峰のハイエンド機材のせいで、無駄に画質が良すぎるのが完全に裏目に出ていた。高画質になった分、最悪の『公式不審者映像』に仕上がっていた。
俺の汚名返上の夢は、文字通り一瞬で更地へとすり潰された。
怒りと絶望で視界を真っ赤に染めた俺は、勢いのまま新聞部の部室へと殴り込みをかけた。
がらんとした部室の椅子に座り、黒髪を揺らしながら、玲奈は昨日と全く変わらぬ平然とした顔で愛用のカメラのレンズをお手入れしている。
「御堂ーーーッッ!!」
「おはよう、一ノ瀬くん」
「なんだよあの動画は!!」
ドンッ!! と玲奈の机に両手を激しく叩きつけて絶叫する俺。だが、玲奈はカメラのレンズからチラリと目を上げただけで、どこまでも淡々と言い放った。
「動画の評判はいいよ。新聞部のアカウント史上、過去最高のアクセス数がリアルタイムで更新してる」
「そういう話じゃねえ!! 怪異がいたことも、俺が戦ったことも、全部、本当だろ! お前は目の前で見てただろ! なんで俺がただのヤバい不審者みたいになってるんだよ!」
俺の魂の叫びに対し、玲奈はシャープな眼鏡の奥の瞳を冷たく、けれどどこか愉快そうに細めて、表情ひとつ変えずに告げた。
「だって、そっちのほうがアクセス数が取れるから」
「…………」
あまりにもブレない。
あまりにも堂々としている。
悪意すら超越した、「数字至上主義」の壁の前に、脳の処理が追いつかない。
そんな俺をよそに、玲奈は再び視線を手元に落とし、カメラのレンズを専用のクロスでピカピカに拭きながら冷徹に告げた。
「一ノ瀬くん。報道ってね、真実を全部そのまま見せることじゃないよ。大衆に届く形に、つまり『数字が取れる形』に加工することも報道だから」
「……じゃあ、百歩譲ってあの動画はいい。でも、せめて怪異が本当に本物だったってことを、新聞の記事にしてくれよ。約束しただろ」
俺は必死に食い下がった。
「したよ。ちゃんと約束通り掲載した」
玲奈が、机の脇に置いてあった紙を一枚取り出した。
今朝、刷り上がったばかりの学校新聞だった。
俺が慌ててそれをひったくり、目を皿のようにして探すと――それは、紙面の最下層のいちばん隅っこ。
目を凝らさなければ見落としてしまいそうな、小さな記事だった。
『旧校舎で奇妙な現象。一ノ瀬和哉くんが活躍?』
「この『?』って何だよ!?」
「私は見たよ。本物だったね」
「じゃあ断定しろよ!」
「でも、新聞部としては断定できない。記事として『怪異がいました』と断定するには、客観的な証拠が必要でしょ」
俺は絶望と怒りで声を震わせた。
「お前、本当にそれでいいのかよ……!」
玲奈は磨き終えたレンズをカメラにカチリと装着し、一切の迷いのない瞳で言い放った。
「いいよ。ジャーナリズムって、そういうものだよ」
「学校新聞だろ!!」
静まり返った新聞部の部室に、俺の魂の絶叫が、ただただ虚しく響き渡った。




