学校の支配者と、数字に飢えたジャーナリスト
これまでSNSに拡散された数々の動画のせいで、俺の校内での女子の評判は最悪だった。
歩けば指をさされ、すれ違いざまにヒソヒソと笑われる。もはや俺は『関わってはいけないガチの不審者』としての地位を不動のものにしつつあった。
俺としては、俺は誰かが怪異の犠牲にならないために頑張っているんだぞ、と大声で全校生徒に訴えたい。だが、この世界の残酷なルールのせいでそれができない。
――怪異は、写真にも動画にも一切映らないのだ。
霊感のない一般人に対して、自分の無実と人助けの事実を証明する証拠は、この世界のどこにも存在しなかった。
だが、俺はこの理不尽な状況を指をくわえて見ているつもりはなかった。
汚名返上を強く決意した俺は、学校の公式メディアである『新聞部』の部室を訪ねていた。
実を言うと、新聞部には深い恨みがあった。
過去にギャル軍団のあゆっちが撮影した写真を、『【悲報】2-Bの一ノ瀬和哉、ついに女子トイレで現行犯』などという悪意しかない見出しとともに面白おかしく記事にしたのが新聞部だったからだ。
だが、俺はその屈辱をあえて無理やり飲み込んだ。
俺を不審者に仕立て上げた公式メディアの筆で、今度はオカルト部の『まっとうな人助けの活動』を証明させ、完璧な大逆転劇を演じてやる。まさに背水の陣の覚悟だった。
「お願いだ! 俺が怪異と戦ってるところを、ちゃんと密着取材して記事にしてほしい!」
「……怪異って、本当にいるの?」
落ち着いた雰囲気をまとった女子生徒が、手元のデジタル一眼レフをいじりながら俺の訴えを聞いていた。
俺の隣のクラスに所属する新聞部員――御堂玲奈だ。
「いる。嘘じゃない」
俺が真剣な表情で答えると、玲奈は視線をカメラに向けたまま、淡々と言った。
「別に疑ってないよ。記事になるなら、何でもいい」
「え……?信じてくれるのか?」
思わず聞き返す俺に、玲奈はここでようやく顔を上げ、シャープな眼鏡の奥の瞳を不敵に細めてみせた。
肉食獣のような、どこか獰猛で魅力的な笑みだった。
「新聞部のアクセス数が取れるなら、密着してあげる。今、学校で一番ホットな人物である君の特集なら、全校生徒が飛びつくからね」
真偽はどうでもいい、数字が取れればいい。そんな玲奈の冷徹なジャーナリスト精神に圧倒されつつも、俺は汚名返上のための公式記録係を確保することに成功した。
そうして取材を引き受けてくれた玲奈を連れて、俺はオカルト部の部室へと戻った。
ガラリ。
部室のドアを開ける。
「……おや?一ノ瀬。妙なお客さんを連れてきたね」
部室の上座には、またしても生徒会長・如月結衣先輩がいた。
長い黒髪を流しながら優雅に足を組み、堂々とパイプ椅子に座っている。読書中の佐藤よりも、遥かに部長らしい貫禄だった。
如月先輩は俺の後ろについてきた御堂玲奈に、一瞬だけ鋭い目線を投げかけた。
だが、すぐにビジネスライクな表情に戻った。
「ちょうどいい。オカルト部に公式の依頼だよ。特別棟の視聴覚室で起きている怪異についてだ」
「視聴覚室、ですか?」
「誰もいないのに、不気味な反響音が響くという噂が何年も前からあってね」
如月先輩は淡々と説明を続ける。
「つい先日、演劇部の女子生徒が一人で忘れ物を取りに特別棟の視聴覚室へ戻った際、誰もいないはずの奥から、壁に何かが激しく跳ね返るような妙にリアルな音が聞こえたらしい。……調べて、必要があれば対峙してほしい」
学校の秩序を最優先する支配者からの、新たな怪異調査の命令だった。
すると、それまで黙って話を訊いていた佐藤が、静かに本を閉じて眼鏡を光らせ、俺の方を真っ直ぐに見て言った。
「ふむ、ちょうどいい。いこう、一ノ瀬」
特別棟での実戦は、俺が「密着取材を敢行して世間に伝える」と言うにはこれ以上ない絶好の舞台だった。
そんな俺たちの様子を見て、如月先輩は小さく息を吐くと、俺の後ろの御堂玲奈をじっと見据えてクギを刺した。
「君がカメラを持って付いていくのは構わないよ、御堂さん。……だがね、あくまで学校の公式メディアだ。必要以上に校内を騒がすような記事は控えたまえ」
玲奈はカメラを肩に提げたまま、シャープな眼鏡の奥の視線を如月先輩に向けた。
「それって、生徒会に都合の悪いことも書くなって意味ですか?」
部室の空気が一瞬で冷える。
俺は思わず息を呑んだ。
「違うよ」
如月先輩は穏やかに笑った。
「事実を書くなとは言っていない。ただ、不確かな噂で生徒を煽るなと言っているだけだ」
「そうですか」
玲奈も笑うが、その目は全然笑っていない。
「私は、学校の中で起きてることは全部記事にするつもりです」
「それが本当に学校のためになると思うかい?」
「知る権利はありますから」
二人の視線が真正面からぶつかる。
それはまるで、お互いに刀を抜かずに斬り合っているみたいだった。
俺の背筋に冷たい汗が流れる。
「御堂さん。報道の自由を盾にして、誰かを傷付けた経験はあるだろう?」
「ありますよ」
玲奈は平然と、小さく肩をすくめた。
あっさり認めた。
玲奈の顔には罪悪感の欠片もなかった。
「だから何です?報道って元々そういうものでしょ」
玲奈は愛用のカメラを軽く持ち上げる。
「君は事実を商品にしている」
「生徒会長だって同じじゃないですか」
玲奈が初めて笑った。だが、その笑みはナイフのように鋭かった。
「学校の平和っていう商品を売って生徒の支持を買っている」
一瞬で、部室の温度が数度下がった気がした。
如月先輩も笑っている。けれど、その目は全然笑っていない。
如月先輩は数秒だけ沈黙し、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……その通りだ。私は、この学校の平和を維持するためなら利用できるものは利用する」
「開き直るんですね」
「生徒の支持も、学校の平和を維持するために必要だからね」
「御堂さんも同じだろう?君は真実のためではなく、読まれる記事のためにシャッターを切る」
「私には学校が必要であり、君には読者が必要だ」
玲奈は返事をしなかった。
ただ、不満げに小さく舌を打ち、愛用のカメラを撫でた。ジャーナリストらしい態度だった。
◇
放課後の夕闇が迫るなか、俺たちは特別棟の静まり返った薄暗い廊下を進み、目的地の視聴覚室の前に立っていた。
扉の前に立った瞬間、霊感100%の俺の視界には、視聴覚室の内部に潜む禍々しい都会の怪異の姿がハッキリと見えていた。
だが、まだ演劇部の生徒が聞いたという不気味な「反響音」は鳴り響いていない。怪異が本格的に顕現するには、何らかのトリガーが必要な状態だった。
「……おい佐藤、いるぞ」
「ああ」
佐藤も眼鏡の奥を光らせてコクンと頷く。
俺は如月先輩から聞いた話を思い出していた。「演劇部の女子生徒が、一人で忘れ物を取りに来たときに聞いた」というシチュエーション。都会の負の感情から生まれた怪異は、その噂の条件を正確にトレースする性質がある。
つまり、『女子生徒が一人で部屋に入る』ことこそが、この怪異を起動させるトリガーなのかもしれない。
ちょうど目の前には、カメラを構えた女性――御堂玲奈がいる。俺は意を決して、玲奈に頼み込んだ。
「御堂、お願いだ。一人で先に視聴覚室に入ってみてくれないか」
「ふーん、私がエサってわけね。別にかまわないよ。スクープが撮れるならね」
玲奈は不敵に笑うと、一眼レフカメラを構え、レンズを回しながら平然と薄暗い視聴覚室の中へと足を踏み入れていった。普通の女子生徒なら悲鳴をあげるような暗がりの中央まで進み、平然とカメラをパシャパシャと回し続ける。そのジャーナリストとしての度胸の良さは、どこか狂気すら感じさせた。
玲奈がしばらくカメラを回し続けていた、その時だった。
ドクン、と肌を刺すような重苦しい霊圧が膨れ上がり――ついに特別棟の視聴覚室に、今回の怪異の本番が鳴り響き始めた。
「御堂、下がれ!」
俺の叫び声と同時に、空間が歪む。
俺と佐藤の張り詰めた緊張感、そして肌を刺すような見えないけれどハッキリと感じる本物の恐怖に、半信半疑だった玲奈の顔からも一気に余裕が消え失せた。
シャープな眼鏡が恐怖の冷や汗でわずかにずれる。
佐藤が瞬時に呪符を構えて強力な術を放ち、俺も佐藤が全霊力を込めてくれた輝くブレード(傘)を構えて前線へと飛び出した。
しかし、佐藤の放った激しい霊圧に当てられた怪異が興奮し、激しくのたうち回った結果、その凶悪な悪意の波動が玲奈の方へと真っ直ぐに向かった。
「御堂! 怪異が興奮した! 逃げろ!」
だが、玲奈は恐怖で腰を抜かしそうになりながらも、カメラのシャッターを切り、手ブレを必死に抑えてレンズを怪異の方向へと向け続けていた。
「ダメ! これ止めたら二度と撮れない!」
「そこは身の安全を優先しろ!!」
俺が叫びながら彼女の前に滑り込んで、傘で防御。直後、背後から踏み込んだ佐藤が完璧な呪術を炸裂させ、怪異を完全に撃破した。




