俺の霊感のルーツは、酒の肴にちょうどいい
三連休という響きは、本来なら誰もが心を躍らせる至高のワードであるはずだ。
だが、俺の胸にあるのは、これから始まる地獄への圧倒的な警戒感だけだった。
いつもなら共働きで夜遅くまで帰ってこない両親が、珍しく朝から二人そろってリビングにいる。
食卓を囲んで4人で朝食を食べていると、父親が食パンを齧りながらのんきなトーンで切り出した。
「二人とも、久しぶりにおじいちゃんたちのところへ行くぞ」
その一言を聞いた瞬間、俺の箸がピタリと止まる。
「……え。いや、俺はパスで。留守番してる」
俺は露骨に顔をしかめて拒絶した。理由はあまりにも単純だ。
まず第一に、田舎だから怪異がめちゃくちゃ多い。都会の薄まりきった霊素と違って、自然豊かな田舎は土地特有の古い怪異や土着のヤバいモノの密度が桁違いに高いのだ。
第二に、昔からあの祖父母の家そのものが怪異の通り道になっていて、幼少期のトラウマが多すぎる。
そして第三に、自動車移動という逃げ場のない狭い密室、および遊び場が何もない田舎の家で、実の兄をゴミ扱いする日和と長時間一緒の空間に拘束されるという地獄。
拒否権を発動しようとする俺の隣で、日和がギャル服のまま「あ、了解。わかった」とあっさり快諾した。
俺は慌てて、怪異という言葉をオブラートに包みながら日和を説得しようと試みる。
「おい日和、お前本当にいいのかよ。俺はあの田舎、苦手だな……。周りに店も家もないし、夜なんて本当に真っ暗だぞ? お前、本当に怖いものとかないのかよ」
怪異に怯える俺に対し、日和は実の兄を心底哀れむような冷酷なジト目で切り捨てた。
「は? バカなの? 夜暗いとか子供かよキモっ」
見える俺と、電波の有無しか気にしない妹。埋められない兄妹のステータス差が、朝から眩しく輝いていた。
◇
結局、俺の抵抗は虚しく却下され、一ノ瀬家の自家用車は山奥へと向かっていた。
狭い自動車の中、久しぶりの家族サービスに張り切った父親が、運転席からバックミラー越しにやたらと話しかけてくる。
「日和、最近学校はどうだ?」
「お、見てみろ、山が見えてきたぞ!」
上機嫌な父親に対し、後部座席の日和はスマホを弄っているものの、山道に入るにつれてアンテナのマークが一本、また一本と減っていくのを見て、露骨に不機嫌そうなオーラを漂わせ始めていた。
「あー、それな」
「んー、別にー」
「ウケるー」
極薄の空返事で父親の弾幕をいなし続ける日和。
すると、助手席の母親がふと思い出したようにバックミラー越しに話しかけてきた。
「そういえば、コテツをペットホテルに預けるとき、寂しそうに鳴いてて可哀想だったわねえ。三連休の間、お友達とたくさん遊べてるといいんだけど」
その会話を聞きながら、俺は自分の唯一の心の拠り所が不在であることに静かに絶望する。
そんな俺に、母親は追い打ちをかけるように、自分のスマホの画面を見せながらのんきに笑った。
「あ、そうそう! パパ、これ見てよ。和哉が雨のグラウンドで、傘持って踊ってる動画、近所の主婦さんから回ってきたのよ。これ、何やってるの?」
「ぶっ……!?」
俺は車内で血の気が引き、心臓が跳ね上がった。あの『傘侍動画』が、まさか母親のローカルなコミュニティ経由で家庭内にまで侵食してきているなんて。
冷や汗をだくだくと流しながら、俺は社会的死を免れるために必死の形相で言い張る。
「あ、あれは、その……部活動です!」
「へえ、演劇?」
「まあ、そう、そんなような……」
必死に言い訳を並べ、冷や汗を流しながら話を濁す俺。そんな俺の苦しい嘘に対し、隣に座る日和は母親をチラリと見ただけで、特に突っ込むこともせず、ただ黙っていた。
◇
長時間のドライブを経て、ようやく目的地である父方の祖父母の家に到着した。
そこは鬱蒼とした木々に囲まれた、敷地内に小さな神社がある古い日本家屋だった。
もちろん、現代の利便性とは無縁の場所で、スマホは見事に『圏外』の文字を表示していた。
出迎えてくれた祖父母は非常に元気で、お酒と会話が何より大好きな陽気な老夫婦だ。
だが、そんな生身の人間よりも先に、俺の霊感100%は玄関の一歩を踏み入れた瞬間にすべてを察知していた。
(……いる。やっぱり、めちゃくちゃいる……!)
薄暗い廊下の奥にじっと佇む不気味な黒い人影、手入れのされた庭の植え込みから覗く無数の目、瓦屋根の上に四つん這いでへばりついている巨大な『何か』。
和哉にとっては幼少期から変わらない、けれど全く慣れない「普通じゃない」恐怖の光景が、そこら中にうじゃうじゃとひしめいていた。
あまりの密度の濃さに俺がその場で硬直していると、後ろから荷物を持った日和が不審そうに声をかけてくる。
「……何立ち止まってんの。邪魔」
「いや……お前、何も見えない、よな?」
「は? 何が?」
「いや……なんでもない」
日和は「何が?」といつも通り一蹴し、暢気に中に進んでいく。
祖父母も「おお、よく来たなぁ! 早速ビール開けるぞ!」と、上機嫌で宴会の準備を始めるのだった。
◇
賑やかな夕食の席。
廊下の奥や庭に怪異がひしめく気配を肌で感じつつ、一ノ瀬家と祖父母による宴会が始まった。お酒が大好きな祖父は、さっそく地酒の杯をあけて顔を真っ赤にしながら、昔話を語り始める。
日和は電波がなくてスマホが使えないため、退屈そうに、けれどマイペースに飯を食っている。
そんな中、酒の回った祖父がふと箸を止め、俺のほうをじっと見つめて告げた。
「そういや和哉。お前、昔から変なもの見えてただろ」
「……っ!?」
唐突に核心を突かれ、俺の心臓が跳ね上がる。
「知ってたの……?」
「そりゃ知っとる。お前が小さい頃、誰もいないところ指差して大泣きしとったからな」
祖父はワハハと豪快に笑い、盃をぐいと煽った。
祖父曰く、この家は代々神主の家系であり、昔からたまに「妙に霊感の強い子」が生まれるのだという。
「じゃあ……日和は?」
俺が恐る恐る尋ねると、祖父は日和をじっと見つめ、
「……ああ、あいつは真逆だな。あの子は何も感じてない」
日和は昔から、夜中に一人で誰も近づかない古い蔵に平気で入り、暗闇をまったく怖がらなかった。
「だって何もないじゃん」
日和が淡々と言う。
酒の回った祖父はさらに話を進めた。
「だからな、和哉。お前はこの家の血筋なんだ。昔、すごい神主だった先祖がいてな、その血が濃く出たのかもな」
後半になるにつれて話がどんどん大きくなり、少し嘘っぽくもなっていく。
だが、俺は真剣にその話に耳を傾けていた。
なぜなら、生まれて初めて、自分のこの「霊感」について、家族からまともに説明されたからだ。
俺の胸に、『自分だけがおかしいわけじゃなかったのかもしれない』という、温かく小さな救いが静かに生まれていた。
◇
――そして、翌朝。
昨夜の感動と救いを胸に抱いたまま、俺は朝の食卓でおじいちゃんへ改めて確認しに行った。
「爺ちゃん、昨日言ってた俺の霊感の話だけど――」
「ん? 何の話だ?」
「……神主の家系がどうとか」
祖父は少し考え、あっけらかんと言い放った。
「ああ、あれか。酒飲んで気分よくなって、適当に言っただけ」
「…………」
俺の昨夜の感動も、涙ぐみそうになった小さな救いも、すべてが崩壊した。
「じゃあ……じゃあ全部嘘!?」
「いや、神主の家系なのは本当だぞ」
「そこだけ!?」
それまでお茶を淹れていた祖母が、あきれたように口を出す。
「おじいさん、またバカなこと言って」
祖父はガハハと豪快に笑う。そして、最後にこう締めくくった。
「まあ、ワシにも分からんが……」
祖父は庭の小さい神社を見た。
「……まあ、昔からあそこにはおるがな」
そう一言もらすと、みそ汁をズッとあおった。




