雨の日のグラウンドで、俺は最強の戦士になる
ある日の放課後。
オカルト部の部室で、俺と佐藤と烏丸さんはまったりとした時間を過ごしていた。
そんな平和な空気が、鋭い音を立てて破られた。
がらり、と部室のドアが開く。
そこに立っていたのは、生徒会長の如月結衣先輩だった。
如月先輩は凛としたオーラを纏いながら俺たちを見回すと、長く美しい黒髪をなびかせつつ、ツカツカと迷いのない足取りで上座に回り、パイプ椅子を出してドカリと座った。
完全に、オカルト部への公式依頼のスタンスだ。
居住まいを正す俺たちに向けて、如月先輩はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、鈴を転がすような声で切り出した。
「君たちは、雨の日にだけグラウンドに出現する鎧武者のウワサは聞いたことがあるかい?」
その一言に、俺の背筋に冷たいものが走る。和哉の勘が告げていた。こういう場合の噂は、たいていが恐怖や悪影響をまき散らす純粋な怪異であることが多い。近づきたくはない、というのが本音だ。
如月先輩は淡々と続ける。
「雨の日にグラウンドの中央で突っ立っている人間など、常識的に考えているわけがない。つまり怪異とみていいだろう。……というわけで、とりあえずこの間の雨の日に、私が直接グラウンドに見に行ったよ」
(見に行ったんかい!!)
俺は心の中で激しくツッコんだ。霊感30%のくせに、一級怪異かもしれない現場の中央へ平然と突っ込んでいく生徒会長の行動力、命知らずすぎて怖すぎる。
「雨の音に混ざって、カチカチと不気味な甲冑の擦れる音と、男のうめき声が聞こえてね。姿は見えなかったけれど、ひどく嫌な気分になったよ。あれは放っておいていいものではないと感じた。……そこでだ。オカルト部で、詳しく調べてもらいたい」
如月先輩の、有無を言わせぬ視線が俺たちに突き刺さる。
「なるほど、会長でさえもが『嫌な気分』になるほどの霊圧……。かなり強いね」
「断っても構わないよ、佐藤」
如月先輩は極上の笑みを浮かべたまま、流れるような動作で佐藤の言葉を遮った。
「断った場合、今後のオカルト部の部費は5分の1になるけれど。それでもかまわなければ、ね?」
「……一ノ瀬」
佐藤が手のひらを音速で返し、がしっと俺の肩を掴んできた。
「部費を削られるわけにはいかない。……よし、明日やろう」
「ああ、いやな予感がするが、誰が被害にあうとも限らないからな」
俺たちの様子をみて、如月先輩は手元のスマホで天気予報を確認する。
「天気予報は、明日の夕方、雨。――明日、除霊決行でいいだろう。期待しているよ」
完璧に俺たちの退路を断った最強の支配者は、満足そうに微笑むと、優雅に部室を去っていった。
◇
そして次の日の放課後。しっかり雨だった。
窓の外は視界が白く煙るほどの土砂降りだった。
ザーザーと激しい雨が、グラウンドの黒い土を容赦なく泥の海へと変えていく。
「……いるね」
「ああ、いるな」
俺たち二人の目には、グラウンドの中央に立つそれが、嫌になるほどハッキリと見えていた。
泥水を滴らせ、赤黒い怨念のオーラを陽炎のように揺らめかせている、巨大な錆び付いた鎧武者。その骸骨のような顔の奥で、怪しく光る二つの眼光が、まっすぐに俺たちを捉えている。
「あ、あの……一ノ瀬くん、佐藤くん……」
俺たちの背後、校舎の軒下から、視線を彷徨わせながら、烏丸さんが小刻みに震えつつ声をかけてきた。
「……私には、黒いもやがかかった人、みたいにしか見えないんですけど……すごく、嫌な冷気がここまで届いていて……」
「なるほど」
佐藤が眼鏡のブリッジを人差し指でクイと上げ、冷静に分析する。
「烏丸くんの霊感応力は40から50%といったところだね。まあ、君のように『人の呪詛に特化したタイプ』だとすれば、純粋な視覚能力としての霊力はそのくらいに落ち着くのも納得だ。君と僕たちの荷物は、そのまま校舎側に身を寄せておいてくれ。ここから先は僕たちの仕事だ」
「解説してる場合かよ! あいつ、完全に刀に手ぇかけてるぞ!」
俺が悲鳴混じりに突っ込むと、佐藤はフッと不敵な笑みを浮かべ、バサリと自分の折りたたみ傘を閉じた。そして、柄を握る右手に全霊力を込め、一気に呪文を唱える。
「――急々如律令ッ!!」
その瞬間、俺の霊感100%の視界が、信じられない光景を捉えた。
佐藤の持つ安物の折りたたみ傘が、パチパチと青白い電光を放ち、まるで神話に登場する聖剣のような、圧倒的な輝きを放ち始めたのだ。
佐藤は俺の傘にも同じように念を込めると、俺のビニール傘も、眩い光を放つ霊刀へと変わった。
(これなら勝てる……!)
俺の胸に、確固たる確信が宿る。
「一ノ瀬、いくぞっ!」
「おおぉッ!!」
俺は霊刀つまりビニール傘を構えて泥水を蹴り、鎧武者の懐へ飛び込んだ。
鎧武者が大太刀を大上段に振り下ろす。死ぬ気で右にローリングして回避すると、刀が地面を叩き、爆発したかのように泥水が激しく飛び散った。
「そこだ、佐藤ォーッ!!」
「はあぁぁッ!」
背後から高速で踏み込んできた佐藤が、光輝く傘を鋭く突き出す。
ガギィィィンッ!!!
激しい金属音が脳を揺さぶる。鎧武者は刀の腹で佐藤の突きを受け止めるが、霊圧に耐えかねて数メートル後退した。しかし怪異もさるもの、すぐさま体勢を立て直し、今度は横一線の鋭い薙ぎ払いを繰り出してくる。
佐藤が傘を盾のように構え、刀の軌道をパリング。豪雨の中で火花が激しく飛び散り、二人の足元の泥が円状に吹き飛んだ。
まさに命をかけた、激しい刀戟の応酬。佐藤の華麗な剣捌きと、それを決死の覚悟でサポートする俺――。
「いける!勝てるぞ!」
その熱い死闘の最中だった。
雨音を切り裂いて、グラウンドの向こうから、聞き覚えのあるギャルの高めの笑い声が響いてきた。
「待って、待って、あれ、ひよりんのお兄さんじゃね?雨の中、傘振り回してなんかやってるんだけど!ウケるw」
動きが止まった。俺の動きではなく、隣で神がかった戦闘を見せていた佐藤の動きが、ピクンと直立不動の状態で完全に停止した。
「さ、佐藤……?」
見れば、下校途中のギャル三人組――日和、ユナ、あゆっちが、雨でチア部の練習が中止になったらしく、並んで傘さしながらをこちらを指差していた。
「おい佐藤!? 鎧武者の大振りが来る、受け流しの構えを――」
次の瞬間、俺の隣から佐藤の姿が忽然と消えた。
あとに残されたのは、泥水にポツンと落ちた、輝きの消えた佐藤の折りたたみ傘。
「おい、佐藤おぉぉぉぉぉぉぉーーーッ!!!!」
絶望の絶叫をあげながらも、鎧武者の攻撃は止まらない。
俺は仕方なく、泥まみれになりながら一人で怪異に立ち向かう。
「来い……!俺だけでも終わらせてやる!」
俺は学校のみんなを怪異から救うため、全力で傘を振り回し、泥水にダイブし、決死のローリングを繰り返す。
しかし――日和たちから見える景色は、あまりにも無残だった。
「……何してんの、日和のお兄さん?」
「知らない。マジで関わりたくないんだけど」
日和はゴミを見るようなジト目で、グラウンド中央を睨みつける。
彼女たちの目には、ただ、激しい雨が降る誰もいない校庭で、男子高校生が一人で叫びながら、狂ったようにビニール傘を虚空へ振り回している姿しか映っていない。
「ヤバい、面白すぎるんだけどwww」
ユナがゲラゲラと笑いながらスマホを取り出し、カメラを向ける。
鎧武者が剣をおおきく振りかぶった脇へ、俺は光り輝く傘の一撃を叩き込んだ。
「そこだッ!!!」
傘を力強く振り抜くと、鎧武者の巨体が黒い霧となって霧散していく。撃破だ。
俺の胸には、一級怪異をソロで討伐したという極上の達成感が満ち溢れていた。俺は両手を天に掲げてガッツポーズを決め、まるでサッカー選手が劇的ゴールを決めたときのように、泥のグラウンドに両膝を突き、天を仰いだ。
やりきった。俺は学校を救ったんだ。
だが、俺がハァハァと荒い息を吐きながら、校舎の軒下で待つ烏丸さんの元へ戻ったとき。烏丸さんはスマホの画面を見つめたまま、顔を真っ青にして小刻みに震えていた。
「あ、あの……一ノ瀬くん……これ……」
「……え?」
烏丸さんが差し出してきたスマホの画面には、クラスのグループLINEが表示されていた。
日和たちのグループLINEに投稿された一本の動画が、ギャルたちの圧倒的なネットワークにより、わずか数分の間に他の部活、他学年、そして俺のクラスへと爆速で拡散されていたのだ。
恐る恐る、その動画を再生してみる。
画面の中では、雨のグラウンド中央、誰もいない虚空に向かって、必死の形相で傘を振り回し、最終的に泥水へニースライディングを決めて、1人で大歓声に浸っている哀れな男子高校生が、バッチリと高画質で記録されていた。
動画の上には、ユナの容赦ないテロップが躍っている。
『【動画】ひよりんの兄、雨の中、傘で戦うw必死w』
「うわぁ……」
違うんだ。俺は学校を滅ぼしかねない鎧武者と戦っていたんだ。誰か、誰か信じてくれ……。
「あ、あの、私みてましたからっ」
「うん、ありがとう」
でも烏丸さんの「見てました」は、社会的な信用回復には効果がない。
激闘の疲れとは全く違う、深い絶望が、俺の身体をゆっくりと蝕んでいった。




