セカンドコンタクト
そして放課後。
俺は女子たちの鋭い視線を全身に受けつつも、男子たちの「やや遠慮がちではあるが、なんとか普通通りに接しよう」と不器用ながら努力してくれている態度に、密かに深く感動していた。持つべきものは、やっぱり同性の友人である。
そんな少し救われた気持ちのまま校門を出て、しばらく歩いた次の信号の交差点。
見慣れたコンビニの前を通りかかった、その時だった。
「――ねえ、お兄さん! ちょっと!」
完全な死角。
自販機と看板の隙間から、細い腕が伸びてきて俺の制服の袖をグイと引っ張った。
心臓が跳ね上がる。スマホを構えた日和たちの待ち伏せかと全身に冷や汗が吹き出したが、そこにいたのはツインテールを揺らしたユナだった。
同じ学校の連中の視線は一切ない。完璧な死角で、ユナはほっとしたように胸をなでおろした。
「昼はごめんねー。ひよりんはお兄さんをここぞとばかりに排除しようとするからさ」
ユナは悪びれる様子もなく、むしろ「内緒のフォロー」を入れにきてやったと言わんばかりの、親しげな距離感でぐっと顔を近づけてきた。
「ねえ、てか家でなんかあったの? ウケるんだけどw」
鈴の鳴るような軽い声で、ケラケラと楽しそうに笑うユナ。
「……」
俺は声もなく立ち尽くした。
朝、廊下ですれ違ったときの、あのあざといウインク。
そして今、わざわざ人目を盗んでまで声をかけてくれた、彼女なりの必死の謝罪。
そのすべてが、今の「ウケるんだけど」の一言で、綺麗さっぱり音を立てて吹き飛んでいった。
このギャル、自分の言葉が俺の心を二段階でえぐり直していることに、気が付いているだろうか。
そんな俺の内心の絶望など露知らず、ユナは少し声を潜めて本題を切り出してきた。
「実はアタシの別の学校の友達なんだけど、その子も体調悪くてさ。アタシもその子の近くへ行くと気分が悪くなることが多かったんだ。たぶん私と同じオバケだと思うんだけど、お兄さんなら何とかしてくれると思ってさ」
「……」
真剣な目で俺を見つめてくるユナ。
ヘラヘラ笑うギャル特有の軽薄さはあるが、他校の友達を本気で心配して、藁にもすがる思いで俺を頼ってきていることだけは伝わった。
「分かった。俺でできることがあるかどうかは分からないけど、会ってみてもいいよ」
俺がそう答えた瞬間、ユナの顔がパッと明るくなった。
「あ、もう呼んできてるんだよね」
「は?」
ユナが振り返り、コンビニの自動ドアを指さす。
引き返す間もなく『ウィーン』と音がして、中から一人の女子高生が出てきた。
俺の高校とは違う他校の制服。耳には複数のピアス、首元にはチョーカーを巻いた、尖った雰囲気のパンク系女子だった。
だが何より異様なのは、彼女の左手だった。肘から手首まで包帯でグルグル巻きにされている。
そして、俺の霊感100%の目が、彼女の背中を捉えた瞬間、全身の毛穴が収縮した。
ユナの時にいた一級怪異ほどではない。だが、彼女の背中には、べっとりと粘り気のある、かなりどす黒い怪異がへばりついていた。
ユナのように「今すぐ物理的に殺される」という生命の危機は感じない。だが、じわじわと脳の髄まで毒を流し込まれるような――これは死ぬほどではないが、確実に精神をやられるやつだな、と俺は直感した。
しかし、ここで俺は最大の問題に直面する。
俺は「見る」ことはできても、自分一人では怪異を「祓う」ことはできないのだ。前回は佐藤が俺の右手に霊力を宿してくれたが、今は単身。完全に丸腰だった。
冷や汗を流しながら、俺はポケットからスマホを取り出し、素早く佐藤に連絡を入れた。
数回のコールの後、電話に佐藤が出た。
「佐藤! 実は――」
俺が事情を説明しようと口を開きかけた、その時だった。佐藤の至極冷静で真面目な声が響いた。
『ああ。分かっている。コンビニの横だろ。近くで見ているよ』
「え? 近くにいるのか!? それなら……」
さすがあの歳で一流の除霊師をやっている男だ。救いの神が現れたと、俺の胸に一筋の希望が宿る。だが、佐藤は早々と、しかし鉄の意志を込めて言葉を重ねてきた。
『うん、ギャルが増えたね。しかもパンク系ギャルだ。見えてるよ。分かっている。――じゃあね』
ツ――……。
非情な通話終了の音が、夕闇のコンビニ前に虚しく響き渡った。
けだるげな声色で、パンク系ギャルがユナに言う。
「――誰、そのもさいの。ユナの彼氏?」
ユナが盛大に噴き出した。
「よっちゃん、違うって。アタシたち恋人?ウケるんだけどw」
足元が崩れるような錯覚に陥った。なぜそこまでウケるのか、さっぱりわからなかった。




