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【閑話】新たな出会い

ふと、カータの小さな猫耳がピクッと跳ね、ひとつの方向へピンと向けられた。


「……ん?」


「どうした、カータ」


カータは口を動かすのを止め、呼吸の音すら立てないよう慎重に耳を澄ませた。猫人特有の鋭い聴覚が、アジトの外、鬱蒼とした森の奥から届く微かな音を捉えている。


「……何か、声が聞こえます」


「声?」


「はい。とっても小さくて、細い声……『クゥン……クゥン……』って」


モルガンはすぐさま手元のナイフに手をかけ、警戒の色を強めた。しかし、カータの耳の動きと表情を見る限り、迫り来る敵や猛獣の気配ではない。


「……助けを呼んでいるみたいな、鳴き声です」


ふたりは息を殺してアジトの扉をわずかに開き、音のする方角へ忍び寄った。カータが鼻をくんくんと鳴らし、匂いと音を頼りに茂みをかき分けた先——大きな倒木の根元に、それはいた。


「……狼の、赤ん坊か?」


そこにいたのは、まだ目も開ききっていないような、小さな魔物狼(ウルフ)の幼体だった。


親の姿はなく、冷たい落ち葉の上で一匹だけ丸くなり、凍えと空腹に震えながら「クゥン……クゥン……」と頼りない声をあげている。先ほど自分たちが狩った岩鎧豚のように「生きるために戦う魔物」とは程遠い、あまりにも儚く小さな命だった。


「ご主人様……この子、お母さんがいないのかな……」


カータはそっとしゃがみ込み、自分の胸をギュッと抱きしめた。身寄りをなくし、孤独と寒さに震えていたかつての自分の姿が、目の前の小さな幼体に重なったのだ。


幼い魔物は、カータの気配を感じ取ると、かすかな力で鼻先をピクピクと動かし、カータの差し出した小さな手へすり寄ってきた。


「……魔物の仔だ。大きくなれば害をなす存在になるかもしれん」


静かにそう言ったものの、その手は武器へは伸びなかった。自身もまた、父親を亡くして孤独の絶望の中にいた時、この小さなカータに救われたのだから。


「でも……今はこの子、ただ寒くて、お腹がすいてるだけです。……お肉のスープ、少しだけあげてもいいですか……?」


カータは潤んだ瞳で私を見上げる。命を奪うことの重みを知ったばかりの少年が、今度は目の前にある消えかけの小さな命を救おうとしている。


「……固い肉は食えん。スープの油分を弾いて、温かい湯で薄めたものなら飲めるだろう」


私の言葉に、カータの顔がパッと輝いた。


「はいっ! すぐ準備します!」





上着の裾で包んだ幼体を、カータは落とさないよう大切に大切に抱きかかえていた。


「冷めないうちにスープを準備するぞ。だが、まずはそいつの体を温めるのが先だ」


アジトに入るなり、指示を出した。干し草と毛布を重ねて小さな寝床を作り、火の傍に置く。


「はい! 僕、温かいタオル持ってきます!」


「焦るな。まずはその子をここへ」


言葉に頷き、カータはそっと膝を折った。両手の中にすっぽりと収まるほど小さな魔物狼の幼体は、寒さと恐怖で未だに「くぅ……くぅ……」と喉を震わせている。


カータはそっと自分の頬を幼体の小さな頭に寄せた。猫人特有の体温の高さがじんわりと伝わると、幼体はピクッと耳を動かし、縋りつくようにカータの指先に鼻を押し当ててきた。


「大丈夫だよ……もう怖くないからね。僕がお世話してあげるからね」


自分の小さな手で幼体を撫でるカータの顔は、すっかり凛々しい「お兄ちゃん」の顔つきになっている。かつて自分が差し伸べられた温かい手を、今度は自分がこの小さな命へと向けようとしていた。


「カータ、これをやれ」


差し出したのは、さっき煮込んだ岩鎧豚の骨から出た出汁を白湯で薄め、さらに人参や薬草の成分をほんの少し溶かし込んだ温かいスープだ。


「塩分の強いものはダメだ。このくらいぬるく薄めた出汁なら、腹を壊さずに栄養になる。……スプーンからじゃ飲みにくいだろう。この布の端に含ませて、口元に当ててやれ」


「はいっ!」


受け取った布をスープに浸し、幼体の口元へそっと持っていく。幼体はくんくんと匂いを嗅ぐと、小さなピンク色の舌をペロリと伸ばし、布に染み込んだスープを夢中で吸い始めだした。

ちゅー、ちゅー……と頼りない音を立てて、一生懸命にスープを味わう幼体。


「あ……! 飲んだ! ご主人様、飲んでくれました!」


カータの丸い目がパッと輝き、尻尾が嬉しそうにパタパタと大きく揺れる。


「そうか。上手だ、カータ」


大きな手でカータの頭をポンポンと優しく叩く。


その後、安全だと分かり元気も出たのか、ペロリとスープをすっかり飲み干すと、幼体のお腹がぽんぽこに膨らみ、満足したように「きゅぅ……」と小さく鳴いた。そのままカータの膝の上で、とろけるように丸くなって小さな寝息を立て始める。


「ふふ……寝ちゃった。温かくて、柔らかいなぁ……」


カータは膝の上の小さな温もりに愛おしそうな視線を向け、息を殺してそっと背中を撫で続けた。

そんな二つの小さな命を並べて見つめながら、私は不器用に口元を緩めた。


「カータと同じようだな…」


「えっ、僕ですか?」


「ああ。傷ついて、孤独で……だが、いまじゃこうして誰かをお世話できる立派な奴になった」


モルガンは腰を落とし、カータの頭と、膝の上の小さな幼体の頭をまとめて大きな手で撫で下ろした。


「カータ、よく命を救ったな。この子が元気になるまで、この仔お兄ちゃんとして見守ってあげてくれ」


「はい……! 僕、一生懸命お世話します! 」


そういうと、カータはよしよしと狼の頭を撫で続けていた。

【モルガンの日記」

今日、狼の魔物の幼体と出会った。カータはその子を助ける選択をした。命というものに対する責任などもあるが、今はただ、彼の懸命な手当てと、私の薬が効くことを祈るばかりだ。…カータのことを改めて知るきっかけになるかもしれない。私は彼の素性を知らない。深く探ろうともしないが、彼がもし、苦しい思いをまだ抱えているなら、いつか話してくれるなら。受け止める準備はできていると思っている。この子はそんな心を人間関係が苦手な代わりに…。


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