【閑話】お手伝いします!
翌日の朝、穏やかな日差しがアジトの小窓から差し込む中、朝食を食べているとカータは私に大きな声で言う。
「ご主人様! 今日は僕が外の点検と、薪割りを全部やっておきますから! ご主人様は手記の解析に集中していてくださいね!」
そう宣言するやいなや、カータは返事も聞かずに勢いよく外へ飛び出していった。
苦笑しながら父の手記を開いたものの、どうにも集中しきれない。カータの身体能力が高いのは知っているが、なにせ不慣れな木こり仕事や庭仕事だ。外から「えいっ!」「とぉっ!」という威勢のいい掛け声と、ガコンッと薪が割れる音が響いてくるたび、私は何度もハーブ園の方へ視線を送っていた。
──それから数時間後。
「ご、ご主人様ぁ……! 薪、いっぱい割れました……!」
ガラリとドアが開き、戻ってきたカータの姿を見て、私は思わず開いた口が塞がらなくなった。
そこにいたカータは、誇らしげに胸を張り……全身泥と煤だらけだった。
不慣れな斧で薪を割る際に跳ね返った木屑と土を全身に浴び、暖炉用の古い煙突付近を点検してくれたのか、頬や鼻の頭には黒々とした煤がべったりとついている。服の袖は泥で汚れ、自慢の柔らかい髪も乱れ放題だった。
「……無理をしなくていいと言っただろうに」
呆れたように深くため息をつきつつも、その心には溢れんばかりの愛おしさが宿る。
「だって……ご主人様に、少しでも休んでほしかったんです」
へらりと照れくさそうに笑うカータの手を引いて、私は椅子に腰掛けさせた。温かいお湯で絞った濡れタオルを用意し、その前にゆっくりと腰を落とす。
「動くなよ」
「はい……っ」
優しく繊細な手つきで、カータの頬や鼻についた煤を丁寧に拭い去っていく。熱を持った肌に濡れタオルの心地よさが伝わり、カータは「うにゃ……」と気持ちよさそうに目を細めた。
顔が綺麗になると、次は乱れた髪だ。木製の櫛を取り出し、カータの前にしゃがむと、泥や木の葉が絡まった髪を一つひとつ優しく解いていく。
「痛くはないか?」
「全然痛くないです……ご主人様の手、すごく温かいです……」
指先が頭皮や耳の根元をかすめるたび、カータは心地よさに身を委ね、ごきげんに尾をゆらゆらと揺らすような仕草を見せる。普段は私を労ってくれる頼もしい存在だが、こうして世話を焼かれている時の姿は、まるで飼い主の手にかかる愛くるしい小動物そのものだった。
「よし、綺麗になった。……本当に、よく働いてくれたな。ありがとう、カータ」
最後に頭をポンポンと撫でてやると、カータは弾けたような笑顔を見せ、私の腰にぎゅっと抱きついてきた。
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やがて夜が訪れ、アジトの周りは深い静寂と星明かりに包まれた。
暖炉の火が静かにパチパチと音を立てる中、寝室のベッドに入り、読書灯を消そうとしたその時だった。
トントン、と控えめなドアのノック音が響いた。
「ご主人様……まだ起きていますか?」
扉の隙間から覗いたカータは、枕をぎゅっと抱きしめ、少し不安そうに上目遣いで見つめてきた。
「カータ? どうしたんだ、夜中に」
「あの……その……」
もじもじと指先を動かしながら、カータは少し顔を赤くしてベッドの脇まで歩み寄ってきた。
「昼間、一人で外にいた時……パビリオンでのことや、追っ手のことを少し思い出してしまって……。なんだか急に、すごく寂しくなっちゃって……」
小さな声で告げられた本音。昼間は私のためにと気丈に張り切っていたが、夜の静けさの中で解けて甘えたくなった…のだろう。
「……ご主人様。今夜……一緒に寝てもいいですか?」
すがるような、とびきり愛くるしいおねだり。
思わず口元を緩めると、掛け布団を少し持ち上げて、自分の隣のスペースをトントンと叩いた。
「おいで。……寒くなってきたしな」
「っ……! はい!」
パーッと顔を輝かせたカータは、嬉しそうにベッドへ滑り込んできた。そのまま吸い寄せられるように私の胸元へ潜り込み、細い腰にぎゅっと腕を回してすり寄ってくる。
…私もまた、カータの背中に腕をまわし、昼間綺麗にしてやった柔らかい髪に顔を埋めた。ほのかにハーブの香りと、カータ自身の甘い体温が伝わってくる。
「ご主人様……あったかいです」
「ああ……私もだ。お前がいてくれて、心が温かい」
「ふふ、おやすみなさい、僕の大切なご主人様……」
「おやすみ、カータ」
胸元で満足そうに小さな寝息を立て始めたカータの背中を、優しく撫で続けた。
穏やかで甘い夜。二人の確かな温もりと深い絆が、静かなアジトの寝室を優しく包み込んでいた。
…今夜は寝られるのだろうか。
すぅすぅと私の胸で寝息を立てる存在を。私は少し…意識してしまうようだった。
【モルガンの日記】
今日は、カータが色々とやってくれた。ヒルダから借りている場所だし、綺麗にしてくれるのはとてもありがたい。が、この場所でもう少し英気を養おうと思ったが、少しカータの元気が有り余っているようだ。
明日は…狩りにでも連れて行ってあげようか。ちょうどアジトの倉庫に、狩用の弓と束になった矢を見つけた。
…実に懐かしい。腕が鈍っていないといいが。




