血の呪い
静寂に包まれた回廊を駆け抜け、2人はついに王立図書館の最深部、重厚な鉄の扉と無数の魔導陣が浮き出る「禁書書庫」の前へと辿り着いた。
「ついたぞ。ここならもう追ってはやってこない。さて、扉を開けようか。その前にカータ。いいかい?これが私たちが探しているものに書いてある紋様だ。意味はわかるよね?」
「はい!ご主人様に教わりましたから。モルガン…ご主人様のお名前ですよね?」
耳元でそう囁かれるとなんとも恥ずかしい気持ちになる…。
「そ、そうだ。中に入ったらこれを君のカバンに詰めて欲しい」
「だ、大丈夫なんでしょうか…」
「大丈夫。元は私たちにものだったんだ。返してもらうだけだ」
「そ、そうですよね」
「では…行くぞ」
暗く冷たい特異書庫の最奥。重厚な黒鉄の扉。表面には、まるで生き物のように蠢く赤黒い血管状の刻印が絡みつき、拒絶の波動を放っている。
この扉は鍵でも仕掛けでも開かない。ここに納められた禁書を執筆した「筆者」、あるいはその血を分けた「血族」の生体魔力だけを識別し、それ以外の者を一瞬にして灰へと変える古代の血脈呪印だ。
「……みていてくれ」
モルガンが静かに前へ踏み出す。
「ご主人様……!」
私は右手の袖を静かに捲り上げた。
「大丈夫だ。……これは」
扉の中央、禍々しく拍動する赤黒い核へ向けて掌をかざすと、扉の呪印が一斉に鎌首をもたげ、シャァァと威嚇するような不気味な魔導音を立てた。
指先に小さな刃を走らせる。一筋の鮮血が静かに溢れ、黒ずんだ鉄の表面へと滴り落ちた。
──シィィィィン……。
血が触れた瞬間、空間の刻が止まったかのような静寂が訪れた。
次の瞬間、滴り落ちた一滴の血が爆発的な光を放つ。赤黒かった血管状の刻印が、血を飲み干すように一気に緋色へと染まり、扉全体へと勢いよく伝播していった。
『────誰カ。我が血脈を継ぐ者ヨ────』
頭裏に直接響く、重厚でどこか懐かしい父の幻聴。
私の瞳が青い魔力光で満たされるのを感じる。身体から溢れ出た魔力回路が、扉の血脈脈動と同期し、空気そのものが波打ち始めた。禁書庫を覆う空間がぐにゃりと歪み、周囲の星々の配列を模した異世界の古代文字が、幾重もの光の環となって私と扉を包み込んで循環する。
「我が名はモルガン。……その知識を継ぎ、その偉大な功績を背負う者だ!」
────ガゴォォォンッ!
地鳴りのような咆哮とともに、緋色の血管刻印が目も眩むような黄金の聖光へと塗り替えられていく。
ドクン、ドクンと打ち打っていた毒々しい鼓動は、やがて穏やかな祝福の光の波動となり、扉に刻まれた古代ルーンが一文字ずつ光となって弾け飛んだ。
バチバチと弾ける魔力の火花がモルガンの髪を打ち、幻想的な光の粒子が書庫の闇を幻想的に照らし出す。
重い拘束の鎖が弾け飛ぶ音が静寂に響く。
ギギギギ……と音を立てて、数十年もの間閉じられていた「禁書書庫」の扉が、ゆっくりと内側に向かって開き始めた。扉の向こうから溢れ出してきたのは、古びた羊皮紙の匂いと、常世のものとは思えぬ濃密で未知なる魔力の残光だった。




