二人の気持ち
部屋の扉を開けた瞬間、そこに立っていたカータの顔を見て、モルガンは思わず息を飲んだ。
暗闇の中で佇んでいたカータの表情は、どこか青ざめているようにも、それでいて必死に何かをこらえているようにも見えた。廊下でヒルダと交わした会話、そして……。決して見られるつもりはなかったが、廊下の静寂を考えれば、気配や一部始終が伝わってしまっていたとしても不思議ではなかった。
「ご…ご主人様」
「…!? ど、どうした? カータ」
モルガンは慌てて乱れた息を整え、動揺を隠すように声を張った。けれど、自分の唇にはまだヒルダの熱と薬草酒の香りがかすかに残っている。罪悪感と動揺で、心臓が痛いほど早鐘を打っていた。
「さ…さっきの」
カータは唇を噛み締め、俯きがちにモルガンを見つめた。その瞳には、困惑と、ほんの少しの寂しさ、そしてモルガンを失ってしまうのではないかという強い不安が揺れていた。
「……見ていたのか」
モルガンが意を決して静かに尋ねると、カータは小さく首を振った。
「……音、が。声が、聞こえて……。ご主人様が、ヒルダさんのところから帰ってこないから……心配で」
カータの絞り出すような声に、胸が締め付けられる思いがした。カータにとって、自分は世界で唯一頼れる存在であり、自分にとってもカータは暗闇の中に差した光のような存在だ。けれど、ヒルダとの間にあった過去や、今夜交わした深い情愛の重みもまた、嘘偽りのない本物だった。
「カータ、私は……」
「僕……すごく、胸が痛いです」
カータは自分の胸元をぎゅっと握りしめ、まっすぐにモルガンを見つめ返した。
「ヒルダさんがご主人様をどれだけ大事に思ってるか、分かります。ご主人様がヒルダさんを大切にしてるのも……。でも、僕……ご主人様が遠くに行っちゃうみたいで、すごく怖いです」
素直で、あまりにもまっすぐなカータの言葉。
深く息を吐き出す、手に持っていた手紙と書状を固く握りしめ、ゆっくりとカータとの距離を詰めた。そして、不安に震えるカータの肩にそっと手を置いた。
「どこにも行かないよ、カータ」
私から出た声は、自分でも驚くほど静かで、温かかった。
「ヒルダは……私の過去であり、大切な先生だ。あの人のおかげで、今の私がいる。……だが、今私の隣にいて、共に未来へ歩んでくれているのは君だ」
モルガンはカータの目をまっすぐに見つめ、寄り添うように言葉を重ねた。
「私は二人とも失いたくない。ヒルダの思いも、君のそのまっすぐな気持ちも……無駄にはしない。だから……私を信じてくれ」
「じゃあ僕にも…僕にもぎゅーしてください…」
カータは少し顔を赤らめながら、ぎこちなく、でもすがるように腕を伸ばしてきた。
モルガンは拍子抜けしたように目を丸くしたが、その瞳に浮かんでいた焦りは、柔らかい愛おしさへと変わっていく。言葉で言い聞かせるよりも、今の彼に必要なものが何なのかを察したように。
「君は本当に……甘えん坊だな」
呆れたような小さな溜息。けれど、その声には温かい熱が籠もっていた。
モルガンは一歩踏み込み、広げられたカータの背中にすっと腕を回すと、力強くその体を抱き寄せた。
「これで満足か?」
それぞれの体温と、かすかに残る生薬の香りが私達を包み込む。抱きしめられた強さと鼓動の音、そして耳で、先ほどまでの不安な気持ちが少し和らいでいるのがわかった。私はカータの頭に静かに顎を乗せ、背中をポンポンと優しくあやすように叩いた。
「怖がる必要はない。私はここにいるし、明日も、その先も、君のそばにいる。……だから、安心していい」
耳元で囁かれたその言葉にカータはぴくぴくと反応し、ただ強く私の腰に腕を回し返して返事をくれた。




