乾杯
「前に伝えていたことと、手紙をしっかり読んどいてくれて助かったよ」
そう言う私の言葉に、ヒルダは手にした煙管を指先で弄びながら、満足そうに目を細めた。
前回の納品を終えたモルガンから「買ったものを後から送ってほしい」と頼まれた際、ヒルダはその荷物の隙間に一枚の密書を忍ばせておいたのだった。そこに記したのは、王の崩御と、それを合図に急速に牙を剥き始めた強硬派の不穏な動き。そして、その猛威が近くモルガンの元へ届くであろうという警告だ。
「当たり前だろ。あんたが手紙を寄こしたってことは、この状況を理解した上で来るってことだ。…手ぶらで火中に飛び込むような間抜けに育てた覚えはないよ」
ヒルダは小さく鼻を鳴らすと、囲炉裏の脇に置かれていた重厚なガラス瓶とふたつの杯を引き寄せた。瓶の中で揺れるのは、深みのある琥珀色の液体だ。
「まあとりあえず。ゆっくりしてくれよ…ほら、あんたのために酒を用意したんだ。飲んでくれるよねぇ?キシシ…」
ドボドボと杯に酒が注がれると、芳醇で少し薬草の香りが混ざった甘い香りが部屋に広がった。ヒルダ特製の、体を内側から温める極上の酒だ。差し出された杯を静かに見つめ、ゆっくりと手にとった。
「断れば、また『可愛げがない』と小言を言われるのだろう?」
「ひどい言い草だねぇ。愛想は大切だよぉ?…それに、これからの腹案を練るには、少しばかり喉を湿らせた方が知恵も回るってもんだろう?」
ヒルダは自らの杯を掲げ、ニヤリと口角を上げた。その視線は、モルガンの隣で依然として警戒を解かないカータにも向けられている。
「坊やもも飲むかぃ?」
「ヒルダ…この子はまだ…」
「キシシ。冗談だよ…今夜はこの中にいる限りは肩の荷を下ろしな。強硬派の犬どもに嗅ぎつけられない『一番安全な場所』にいるんだからね」
そう言いながらカータの頭を撫でるヒルダ。
カータは少し恥ずかしがりながらも気持ちいいのかその手を受け入れる。
「可愛ねぇ…キシシ…♥」
「か…カータ…!」
「ひゃ…ご主人しゃまぁ…たしゅけて…」
揺れるランタンの明かりと薬草酒の香りに包まれながら、束の間の静寂の中で、明日の決行に向けた密談の時間が始まろうとしていた。




