モルガンからの手紙
「また来たんですかぁ?」
ヒルダは煙管の口元を指先で弄りながら、心底鬱陶しそうに目を細めた。
対峙する男は、王都の紋章が刻まれた剣帯を整えながら、苛立ちを隠そうともしない。
「君もわからない人だなぁ。…王都からの指令は絶対だって、君もわかるでしょう。ヒルダ」
「わからないわぁ? 教えてくれるかしら」
「いいかげん『森の賢者モルガン』の所在を我々に告げてください。貴方は賢い人でしょう? 国を敵に回すおつもりですか?」
「はぁ…」
ヒルダは大きなため息と共に、甘い香りの煙を男の顔に向けて吹きかけた。使者が嫌そうに顔を背ける。
「賢者様はねぇ、あんたらのお話にゃあ嫌気が差したとさ。そもそもあんたら、今更あいつに頼ろうなんて、虫がいいにも程があるだろう。都合の良い時だけ『賢者』と持ち上げて、用が済めば変人扱いして冷やかしてたくせに。……キシシ、笑わせないでおくれよ」
鋭い金属音が響いた。使者が腰の剣を半ば引き抜き、目をつり上げる。
「黙れ。今すぐに叩き切るぞ」
「あぁ❤️。怖いわぁ…お前ら。お客様のおかえりだ」
ヒルダがパチンと指を鳴らすと、奥の重い扉が開き、影のような大男たちがぬっと姿を現した。使者たちの顔色がサッと変わる。いくら王都の兵とて、この狭い空間で手練れの用心棒たちを相手に無傷では済まない。
「ちっ…これは勅令だぞ…! 頭を冷やすがいい!」
捨てゼリフを残して嵐のように去っていく使者たちの背中に、ヒルダは冷ややかな視線を浴びせた。
「頭を冷やすのはアンタらさ。魔法がいくらあったって、それを扱う人間がこうもガサツじゃいけないね…」
───
騒がしい使者たちが去り、静まり返った奥部屋。
ヒルダは一人、囲炉裏の前に腰を下ろした。
「それでも…もう厳しいかもねぇ」
ぽつりと零れた声は、煙の中に消えていく。
「ほんとは、あんな森の奥に隠れ潜むような人間じゃなかったんだ。あの子も……あの立派だった親父さんもねぇ……」
国の策謀に巻き込まれ、名誉も静寂も奪われた父子。その最後を見届けることしかできなかった昔の自分が胸を刺す。
ヒルダは煙管をトントンと囲炉裏の縁に叩きつけ、残った灰を落とした。
「それでも…私がもう少し賢ければ、あの子のそばにいれたら……なんてね」
あるわけないよなぁ、と自嘲気味に目を閉じる。自分のような泥に塗れた女には、もうあの子の「先生」を名乗る資格すらないのだから。
その時、バタバタと慌ただしい足音が廊下に響いた。
「ご主人! モルガンさんから手紙です!」
「…! よこしな!」
ヒルダは柄にもなく立ち上がり、部下の広げた手から手紙を掻っ攫うように奪い取った。
上質な羊皮紙、そこに躍る流麗で少し硬い筆致。紛れもなくモルガンの字だ。
封蝋を雑に引き剥がし、食い入るように目を走らせる。
『ヒルダ。こうして手紙で何かを伝えるのは久しぶりだ。一週間後、パビリオンの城内図書館に父の蔵書を借りにいく。案内を頼む。』
相変わらず用件だけの素っ気ない文面。だが、ヒルダの視線は最後の数行で止まった。
『追伸
今年の夏は暑い…体調に気をつけてくれ。私は…少し崩してしまった。』
「……ふっ」
手紙を見つめたまま、息を呑む。
相変わらず用件だけの素っ気ない文章。けれど、一番最後のたどたどしい追伸に、昔の「教え子」の顔がふっと重なった。
自分の弱みを見せるのが下手で、風邪を引いても黙って無理をしていたあの子。
「……まったく。昔から変わらないねぇ、あの子は」
ヒルダの口元から、自然と笑みが漏れた。
あの世捨て人のようなモルガンが、昔なら自分の体調を崩したなどと人に漏らすはずがない。素直に頼ることができないあの子なりの、「会いたい」というサインなのか、それとも同居人に振り回されて参っているのか。
先生をやめさせられても、どれほど時が流れても。どんな理由でも──あの子が助けを求めて手を伸ばしてくれるなら、応えない理由なんてあるはずがなかった。
「バカだねぇ、あの子は……。風邪ひとつ引かないような顔しておいて」
ヒルダは愛おしそうに手紙を胸に抱きしめると、煙管を置いて立ち上がった。
「おい! 一週間後だ! パビリオンの図書館の掃除と、極上の冷えた果実酒を用意させな! 急ぎでおいしい薬草酒も仕込むよ!」




