気絶
「ふむ…何故成功しないのか。」
工房には、重苦しい空気が漂っていた。原因は、数日前から着手している「クルマバソウ(香草)」の加工。
この草に含まれる「マソ(魔素)」は、正しく精製できれば優れた疲労回復薬や鎮静剤になる。しかし、植物体内に留まるマソは非常に不安定で、生草のまま加熱しても、乾燥させても、求める効果を発現する前に揮発してしまうのだった。
「……おかしいな。既存の調合手順では、マソの定着率が二割にも満たない」
作業台に突っ伏したモルガンの周りには、試行錯誤の果てに散らかったすり鉢やフラスコ、そして黒ずんでしまったクルマバソウの残骸が山をなしている。家の近くの小川で水分量を調整しながら蒸留してみたり、日照時間を変えて乾燥方法を試したりと、ここ数日あらゆるアプローチを繰り返してきた。けれど、どれも失敗。さらに質の悪いことに、精製に失敗して揮発した魔素は、狭い工房の中にじわじわと充満していた。
マソは魔法の源泉であると同時に、過剰に体内に取り込めば重い倦怠感を引き起こす毒にもなる。
「ご主人様……顔色がすごく悪いですよ? もう今日は休みましょう?」
心配したカータが冷たい手ぬぐいを持って駆け寄るが、モルガンは濁った目でフラスコを見つめたまま、低く呟く。
「……いや、あとひとつだけ条件を変えて……っ」
立ち上がろうとした瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
体内に蓄積した魔素の過剰摂取——いわゆる「魔素酔い」による急激な眩暈と疲労感が、一気に全身を襲う。
「あ、ご主人様!?」
ガタンと大きな音を立てて倒れ込む体を、カータが慌てて抱き止める。私はカータの腕の中で、鉛のように重くなった瞼をかろうじて開けながら、弱々しく息を吐き出した。
「……だめだ。我が家の設備と私の知識だけでは……再現性が、足りない……」
「もう喋っちゃダメ! ほら、横になって!」
「……カータ。明日……街の古書店へ行く。旧時代の……植物構造の……記録を……」
最後まで言い切る前に、意識は深い闇へと落ちていった。自分の感覚や手探りの試行錯誤だけでは届かない限界。
それを突破するために、「先人たちの文献や記録」を調べ直す必要があると、モルガンは身をもって痛感していた。
(……まずは、この重い体を起こせるようになってからだが)
カータが必死に自分をベッドへ運ぼうと奮闘する気配をうっすらと感じながら、気絶した。
【研究メモ】
魔素というものは多くの分野において取り入れられ、組み込まれているものだ。魔法であれば着火剤としての役割が多い。魔法を発動するためには、自身の魔力の他に、自然界のエネルギーを必要としている。その一つの要素が魔素だ。いわゆる地脈による魔素溜まりや、源泉が多い標高の高いところの方が、魔法の威力も上がることがあるという説も提唱されている。しかし、こと薬草学では、今回のように多くの魔素を含むこと自体が希少な例であるため、それの加工技術というものもほとんどが門外不出のものだと思う。さらには、体系学的な観点に基づくのであれば、魔素というものを除外しても、薬効が認められているため、あまり、大切な要素としていないところも多い。




