青い匂いの先に
朝食を手早く済ませた私たちは、採集用のナイフや木箱、念のための護身用薬品を鞄に詰め込み、慣れ親しんだ我が家の裏手から広がる深い森へと足を踏み入れた。朝露に濡れた葉が光を浴びてキラキラと輝いている。
普段なら私が前を歩き、カータの歩調に合わせるようにゆっくり進むのだが──今日は違った。
「ご主人様、こっちです! まだあの『青い匂い』が風に乗って香ってきます!」
小さな背中に採集用の小かごを背負ったカータが、ぴこぴこと耳を動かしながら、まるで導き手のように先頭を軽快に歩いていく。時折振り返っては、「ちゃんとついてきてますか?」と言わんばかりに嬉しそうに尻尾を振る姿が実に頼もしい。
「焦らなくていいよ、カータ。足元に気をつけなさい」
「はーい!」
森の深部へ進むにつれ、前回は暗くわかりずらかった部分がよく見える。周囲の樹木はどんどん太く巨大になり、光が届きにくい鬱蒼とした空間へと変わっていく。私にとっても、この先の領域は薬草採取のルートから外れていた場所だ。険しい岩肌と鬱蒼とした群生植物が遮り、入るのを避けていた地帯である。
だが、カータは何のためらいもなく、岩の隙間にひっそりと隠された密林の抜け道へと入っていく。
「ここです……! この岩のむこう!」
カータが大きな葉を押し分けて身を滑り込ませた。
私も背をかがめてその後に続くと――眼前に広がった光景に、思わず言葉を失った。
「これは……素晴らしい……」
そこは、改めて美しい丘だった。
頭上の樹冠から一筋の白い太陽光がスポットライトのように差し込み、湿り気のある黒土の上に、透き通るような淡い白の小花を咲かせた植物が、まるで絨毯のように敷き詰められている。
見た目は確かにクルマバソウに酷似している。
「……ただの突然変異ではないな。魔力を帯びた土壌でのみ生育する『変異種』……いや、古代の文献にしか残っていないとされる絶滅種かもしれない」そうして調査を開始する。地域を記録し、ある程度周囲の植物についても羊皮紙に書き残しておく。
「……そうか、魔素だ」
私は手袋をはめ、一株を用意していた試験管に入れ、軽く振る。
試験管には液体の中に青白く揺らめく魔素の粒子がこれでもかと光っている。魔素を含む植物は今まで何度か見たことがあるが、これは……見たことのない色だ。
「ご主人様……! 匂いが、すごく濃いです! ほら、ここから冷たくて綺麗な匂いが湧き出ています!」
カータが丘の中の窪地中央にある、小さな湧き水が湧く岩元を指差した。
近づいて観察してみると、その湧き水の周囲に生えている株ほど、青い光が強く、大きな葉を広げている。
「水……そうか、この近くの山から降りた綺麗な湧き水が、この特別な薬草を育んでいたのか」
私は興奮を抑えきれず、膝をついて持参したメモ帳を取り出した。
薬師としての好奇心と探求心が激しく揺さぶられる。同時に、この薬草の凄まじい効能を思い出していた。
(一晩で傷を癒やし、疲労を根こそぎ取り去る薬……。もしこれが、ヒルダの手紙にあった『王都での異常な需要』や『きな臭い噂』に関わるような代物だとしたら──)
「カータ、よく聞きなさい」
私はカータの肩をしっかりと掴み、真剣な眼差しで見つめ返した。
「この場所のことも、君がこの匂いを感じ取れることも、私以外の誰にも絶対に言っちゃいけないよ。いいかい?」
「ふぇ……? は、はい! ご主人様がそう言うなら、誰にも言いません!」
ぴんと耳を立てて頷くカータを抱き寄せ、その頭をわしわしと撫で回しながら、これからどうしたものかと思案した。




