今宵の月に映る君
夕暮れの風がひんやりと頬を撫でる庭に出ると、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
空は深い群青色へと溶け込み、東の空には小さな星がポツポツと輝き始めている。昼間にカータと一緒に確かめた月見草の前にしゃがみ込むと、黄色く萎んでいた蕾が、まるで意志を持っているかのように微かに震えていた。
「ご主人様……これ……っ」
カータは私の服の裾をぎゅっと握りしめ、息をのんでその蕾を見つめている。
小さな猫耳がピンと立ち、瞬きすら惜しむように大きな瞳を輝かせていた。
「よく見てごらん。始まるよ」
静かな声で囁いた瞬間、ぽつり、と音が聞こえた気がした。
固く閉ざされていた黄色い花びらが、ゆっくりと、けれど確かに解けていく。薄暗い庭の中で、宵闇に浮かび上がるようにして、一輪の可憐な黄色い花がパッとその輪郭を広げた。
「わぁぁ……っ! 咲いた……! お花が、咲きました、ご主人様……っ!」
感極まったようなカータの声が、静かな庭に響く。
月明かりに照らされたその花は、昼間の萎んだ姿からは想像もつかないほど優美で、どこか神秘的な光を纏っているようだった。
「きれい……すごく、きれいです……!」
カータはそっと手を伸ばし、触れていいものかどうか迷うように、花弁のすぐ手前で小さな指先を止めた。
その横顔を照らすのは、月見草の鮮やかな黄色と、空に浮かぶ優しい月光。あまりにも幻想的で、目の前の小さな君の姿があまりにも愛おしく、私の胸の奥がキュッと締め付けられた。
私は静かにカータの肩に手を置いた。
「そうだね。宵闇を待って咲くからこそ、この花はこんなにも美しいんだ。……さあ、カータ。採集をしようか、枯れてしまう前に」
「ご、ご主人様!」
「…?どうしたんだい?」
「もう少しだけ…このまま…」
「…そうだね。」
「はいっ! ご主人様!」
パッと顔をこちらに向けたカータは、今日一番の満面の笑みを咲かせてくれた。
しばらく花を見ていたあと、ご飯を食べに家の中へと一度戻る。手をつないで温かい明かりの灯る家へと戻る道すがら、カータは何度も後ろを振り返り、咲いたばかりの月見草と夜空を見上げていた。
猫人のノート
(月明かりの下で開いた、きれいな月見草の絵)
きょう もじの べんきょう がんばった。
あたまが むずむずしたけど ごしゅじんさまが なでてくれた。
よる にわで つきみそうが さいた。
ごしゅじんさまと いっしょに みた。すごく きれいだった。
(乱雑な文字を、何度も消して書き直したあとが残されている。)




