昔の思い出
「その…ご主人様」
トコトコと服の裾を引きずりながらこちらに近づいてくるカータ。
「ど…どうしたんだ?」
「これ…よみかたわからなくて」
そう言って小さい手で本を差し出してきた。
「なるほど…どうしてこの本にしたんだい?ちょっと難しいだろう」
「ごしゅじんさまが…すきだった本だっていってたから…」
そう言われて握られている本を見ると、確かに私が幼少期読んでいた父が著者の植物の生育地についての図鑑だった…。あの日、王都に長らく研究の成果発表のため家を開けていたお詫びとして、この本の原型となった多くの資料が載っていた大量の紙束を持ってきたことがあった。小さかった私は読めないと怒ったし、美味しいものの方が良かったと喚いて困らせた。そうだった。父との思い出は、いつしか私の中で、逃げてきた後悔だけになっていたが…そんな当たり前も…確かにあったかもしれない。
ふと彼の方を見ると、心配そうに「ご主人様…?」と私の顔を覗き込んでいる。そうして部屋の鏡に映る自分の顔を見ると、頬に涙が伝っていた。身体が末端の方から冷たくなるのを感じる。
「あぁ…。何度も繰り返して読んでいたよ…。大丈夫。すぐに読めるようになるさ。ほら…ベットに入ろう。どこが読めないのか教えておくれ」
なんとか体を机から起こし、ベットに体を預ける。
「ごめんなさい…ぼくなにかしましたか…?」シュン
そう言いながら私の横に座る彼の頭を私は優しく撫でる。
「いいや。むしろ感謝している。君のおかげで父さんへの思いを…馳せることができたのだから」
「おとうさまですか…?」
「それで…どこが読めなかったのかな?」
「あの…ごしゅじん…ぼく、文字がよめなくて…」
「…!あ…あははっ!そうかそうか。それは楽しみだね。最初は絵本なんかの方が良いのだろうが…まぁいい。薬草の話ならいくらか私にも心得がある。今日は少しだけ…、この本を読み聞かせてあげよう」ヨシヨシ
そうしてカータの背中を私の胸にすっぽりと抱えながらぐるりと手を回し、ベットの中で一緒に図鑑を読みながら、薬草と関連した…懐かしい思い出を私は笑顔で語るのだった。
──日記の端の方には少し蝋が垂れてしまっている。




