第7話「やめられない」
気づいたら、一ヶ月が過ぎていた。
湊は毎晩ログを開いていた。自分のものだけではなく、職場で気になった人間のものも、クライアントのものも、電車で隣に座った人間のものも。
名前がわかれば、検索して鉛筆マークを探して、何か修正できるものがないか確認した。
全員を助けようとしているわけではなかった、ただ気になると開いてしまって、開くと何か直せるものを探してしまって、見つかると直さないと気が済まなくなる。
成功することもあった。誰かのスコアが上がって翌日の表情が明るくなるのを見た日は少し報われる気がしたが、翌日にはまた別の誰かが気になって、また開いていた。おかしいとわかっていたし、依存しているとも思っていた。
でもやめられなかった。何かを正しくしていないと落ち着かなくて、何かを修正していないと自分が何もしていないような、何の価値もないような気がした。書き換えることが、いつのまにか存在理由になっていた。
ある深夜、自分のログをスクロールしていて、手が止まった。
ログの各項目には生成元、タイムスタンプ、フラグ類のメタデータが付随していて、業務でログを扱うようになってから湊はその存在を知っていた。
自分のログのメタデータを確認すると、ほとんどの項目は正常だったが、いくつかの項目で異常があった。
生成元:[NULL]
タイムスタンプ:[NULL]
raw_data:[direct_input]
NULLは入力値がない、という意味で、これは自分のログが人間の行動から自動生成されたものではなく直接入力されたデータであることを示している。
業務で似たような表示を見たことがある気がして記憶を探ったが、通常のクライアントのログにそんな項目はなかった。システムの特殊なデータタイプにだけ出る表記のはずだ。なぜ自分のログにそれがある。
翌日、さりげなく凪に聞いてみた。「ログのメタデータで、NULLが入っていることってあるんですか」と言うと、凪は手を止めた。
「どういうデータでNULLが入っていましたか」
「生成元と、タイムスタンプです」
凪はしばらく黙っていた。それから「黒瀬さん」と呼んで「ご自身のログID、確認したことはありますか」と聞いた。「あります。最初に登録したときに」と答えると「末尾は何桁でしたか」と返ってきた。
「……八桁でした」
凪は何も言わなかった。ただ、湊の顔を見た。その表情が何を意味するのか、読み取れなかった。「凪さん、何か知っているんですか」と聞くと、「知っていることと、知らないことがあります」と言った。
「まだ、教えられることじゃないかもしれません」と。
それ以上聞けなかった。凪がそう言うなら、聞いても答えは出ない。その夜、自分のログIDを確認した。八桁だった。同僚の名前を検索してログIDを確認すると、十二桁だった。別の同僚も十二桁だった。自分だけ、八桁だ。
それが何を意味するのか、まだわからなかった。わかりたくない気持ちも、少しあった。
ログを書き換えているとき、湊はずっと「俺は何かをしている」という感覚があった。誰かのために動いている、選んでいる、という感覚。でもその感覚は、本当に自分のものだったのか。凪の言葉がまた浮かんだ。
今度はその言葉が、以前より深いところに刺さった。選んでいると思っていた。でも、選ぶ主体である自分が何者なのかを、湊はまだ知らない。知らないまま、ずっと選んでいたつもりになっていた。
アプリを閉じて、外の深夜の静けさを聞いていた。




