第八十九話 白沢病気になる【其ノ弐】
仰向けで寝ている白沢の周りには、麒麟と麒麟が連れてきた江戸の町医者である幻舟、そして朝からずっと白沢のそばで看病しているお舞と影丸がいた。
看病と言っても頭に冷たい水で冷やした手拭いを乗せるくらいの事だが、何かしていないと気が気でない。
幻舟は白沢の脈をとったり、眼球を見るなどして状態を確認している。
熱もそれほど高くないし、一見して命にかかわるような危険な状態には見えない、しかしそれに見合わないほど体は衰弱して意識も失っている。
幻舟は診察を終えるとふーっと息を吐いて腕を組む。
「状態だけ見ると軽い風邪のようにも見えるが、それにしては体が衰弱し過ぎている。何か悪い菌に感染しているようでもあるが、このような症状は見たことがない……が」
医者が真生が揃えた医学書を手に取って、有る場所を開く。
それは今からおよそ八百年ほど前の京の都で流行った病の事が書かれている頁だった。
「ここに架かれている昔の流行り病の症状によく似ておる。軽い風邪のように見えるから油断していると、すぐに寝込むようになりやがて死に至る」
「しかし、流行りは治まったんやろ?」
麒麟の問いに幻舟はうなずいて、医学書の続きを読む。
「当時ほとんどの医者がさじを投げたが、ここには遣唐使の船で唐から日本にやって来た医者がこの病に効く薬を作って、病は完全に駆逐されたと書いてあります。その医者の名前が……白沢?……って記されていますね」
「え?」
「もちろん別人じゃが、同じ医者同士で同じ名前。すごい偶然があるものだな」
幻舟は偶然同じ名前の医者が平安時代にいたと思っているようだが、麒麟やお舞にはすぐにそれが本人とわかった。
そこに部屋の扉がすっと開く。
「まったく、偶然とは恐ろしいのう」
一同が振り向くとお玉が呼びに行っていた九尾の狐が、お玉と共に入って来た。
「よもや、自分が駆逐したはずの病に自分がなるとはのう」
「九尾殿はこの病気の事を知っておるのか?」
「わしも当時都にいたからの、というかその時が白沢との出会いであった」
「え???皆さん何を?」
幻舟はもちろん話についていけない。
「幻舟先生、ご足労やったな。なんとか取っ掛かりが見つかりそうなんで、後はこっちで何とかするわ」
そう言って麒麟は幻舟に帰るように促した。
「ご足労もなにも、無理やり担いで連れて来られたんじゃないですか。まあ、私も患者が待っているので一旦帰りますが、白沢先生の事も心配です。何かお役に立てることがあったら、またいつでも呼んでください。今度は自分の足で来ますので」
人さらいのように連れて来られたのに、幻舟は人の良い医者であった。名医というものは人間も出来ているものだ。
九尾の狐は寝ている白沢の横に胡坐をかいて座り、白沢顔を覗き込む。
「さて九尾殿、この病気について知っていることを教えてもらえるか?」
九尾の狐は麒麟の問いに当時の事を思い出すように目をつむり語りだした。
「今からだいぶ昔の話じゃ」
――西暦八百年ごろ平安時代の京の都
九尾の狐は当時都(京都)にある小さな神社に住み着いていた。
「お願いします。どうかおとうの病気を治してくださいませ」
「神様どうか、娘をお助け下さい」
「ああ、わしはまだ死にとうない……どうかお助けを……」
この頃、秋口になって都を中心に流行り病が広がっていた。
症状自体は人によって様々で、熱が出たり咳が出たり、一見して軽症のようにも思えるが数日中に寝たきりになり、目を覚まさないまま死んでいくという事だった。
都中の医者が病について調べたが、原因も有効な対策もわからず、最後にはなにかの祟りだと言って、陰陽師たちに対応をお願いする始末だった。
しかし相当な額の金がなければ陰陽師にも頼れない。
都やその周辺に住む庶民たちはこぞって神頼みという訳だ。
今日も神社には長い行列ができている。
「まったく、わしの所(九尾の狐は居候しているだけだが)に来られても、病気なんぞ治らんわ、そうゆうのは医者に頼めと言ってやりたいが、それでは神社の商売が立ち行かんからの」
九尾の狐の姿は通常人には見えない。見せようと思えば見せられるし、人間お姿に化けることもできるが、俗世間とのかかわりを煩わしく思う九尾の狐は、人々の必死の願いも無視して愚痴っていた。
そんな時。
日も暮れ、人の気配も遠のいた頃、九尾の狐は神社にある大きな石の上に寝転んでいた。
石と言っても岩のように大きく軽自動車ほどもあり、この神社唯一の名物と言っても良いものであった。
というのも九尾の狐が寝床にしているせいか、自然と九尾の狐の霊力がしみ込んでいて、この石に触ると病気が治るなどという噂がたっていた。流行り病の家族などが、病人を連れて来て行列を成しているのはそのためだ。
しかし、石に触ることで霊力に触れ多少元気が出ることはあっても、命のかかわるような病気が治ることはない。
九尾の狐も自分ではどうしようもないと思っているので、庶民たちの窮状を不憫に思いながらも無関心を貫いているのだ。
「しかしまあ、今日も退屈じゃったのう、なにか面白いことはないものか」
「そんなに退屈なら、ちょっと人のために働いてみませんか?」
九尾の狐が声の方向を見ると明らかに人ではない空気を纏った、見た目二十代の男が立っていた。
妙に人懐っこい笑顔の男だった。
其ノ参に続く




