第八十七話 雷神の太鼓【後篇】
オオナマズが大きく尾を振って、その場で暴れると、この山全体が地響きを立てて揺れだした。
「きゃー!!!」
筒姫が悲鳴を上げる。
白沢達は危うく、ため池の中に落ちそうになるのを何とか踏みとどまったが、風神の作った竜巻は消え、太鼓はまた池の真ん中に落ちてしまった。
「我の住処で勝手な真似が出来ると思わぬことだ」
オオナマズが太鼓の横でドスを効かす。
「あらら、これはまいったな」
のんきに頭を掻く風神の横で怒り心頭なのは雷神だ。
「こうなったら池に雷を落としてあの池ごとオオナマズを感電させてくれる!」
「そんなことしたら、この家だけでなく下流のに住む魚まで死んじゃいますよ」
白沢が止めようとするが、雷神よりももっと怒っている者がいた。筒姫だ。
「ちょっと~! びっくりしたんですけど~! あたしは地震が一番嫌いなの! もういい加減にして!」
筒姫の髪の毛が全て逆立ち、目の色が青く光りだした。
そして筒姫が両手を大きく回すとため池全体に大きな渦が発生した。
さながら巨大な洗濯機のように回りだした渦はオオナマズの巨体をものともせず飲み込み、オオナマズは自由を奪われて回転するうちに、やがて目を回して失神し、お腹を上にして浮いたまま、されるがままになっている。
さらに渦は勢いを増し、池の淵まで水位が上昇してきていた。
このままでは池から水があふれて川に流れ込んでしまう。つまりダムの決壊である。
「おい、筒姫。もういい、このままだとため池が決壊してふもとの村に水害が起きるぞ!」
しかし、すでに暴走している筒姫は風神の言葉にも聞く耳を持たない。
いよいよ、水は勢いを増し池からあふれだしそうになったそのとき。
ふいに筒姫の手が止まる。
するとため池の中の渦巻きは徐々にゆっくり消えていき、静寂が残った。
静寂の戻った池の水面にはオオナマズとそのほかにも多数の魚がぷかぷかと浮いていたが、幸い皆目を回して気絶しているだけの様だ。
手を止めた筒姫が鼻をヒクヒクさせながら後ろを振り返ると、九尾の狐に乗ったお舞が手に黒蜜ときなこがかかったわらび餅を手にしていた。
「きゃー! わらび餅! かわいい~」
なにがかわいいのかはわからないが、とにかく筒姫の怒りは収まった。筒姫は一目散にお舞のもとに駆け寄り、手渡されたわらび餅を愛おしそうに眺め始めた。
そして、一口食べると頬を緩めて、うっとりとわらび餅を噛みしめた。
「やだ、おいし~、一生食べられるわ♪」
——それは先日の季節の引継ぎ会でのこと
「まったくつっつんは自由なんだから、白沢さんもこの子には気を付けてね」
佐古姫は空になった筒姫の盃に酒を注ぎながら、白沢に注意を促す。
(神様に対して何をどう気を付ければよいのだろうな)
と白沢は思ったので、佐古姫が江戸から出発する直前に聞いてみたところ。
「つっつんは基本的に穏やかなんだけど、きれちゃうと手が付けられなくなるのよ。でもそれを治める唯一の方法があってね……」
佐古姫が言うには筒姫はわらび餅が大好きで、わらび餅があると何を置いても喰いつくとの事。特にきなこと黒蜜をかけていればより効果があるとの事だった。
但し、本物のわらび餅、つまり山菜のわらびの根っこを使ったものでないといけない。芋などのでんぷんから作ったものは見向きもしないという事だった。
現代でも売っているわらび餅だが、そのほとんどはジャガイモやタピオカなどから抽出したでんぷんを使ったもので、本当の意味でのわらび餅ではない。
筒姫に効くのは本当のわらび餅でないといけないということなのだ。
とはいえ、本物のわらび餅を急に用意するのは難しく、お舞に九尾の狐が経営する九十九茶屋まで行って、本物のわらび餅を作って持ってきてもらう様に頼んでおいたのだ。
もちろん、山についた段階でお舞に使いを出して場所を教えたが、普通に来ても時間がかかるので九尾の狐の乗せてもらってきたというわけだ。
「おい、白沢よ。わしを早馬代わりに使うのはよさんか」
九尾の狐が息を切らしながらその場にへたり込む。
「すまんな、今日はよい酒を買って帰るから一杯やろう」
そう言っている間に風神はミニ竜巻で太鼓を回収して雷神に手渡していた。
「白沢殿、世話になったな。無事太鼓も雷神の手に戻った。お礼にその酒は我らが用意しよう。秘蔵の酒を振る舞うぞ」
「おお、風神様と雷神様の秘蔵の酒とはありがたい。それでは早く帰って一献やろうぞ」
九尾の狐はもう機嫌が直っている。
「わらわは酒などいらん、白沢殿、約束の水羊羹を忘れるでないぞ」
「はいはい、わかってます」
この時代水羊羹というものは非常に高価なもので、白沢もめったに買えないものであったが、お舞の機嫌をとるためには致し方ない出費だった。
「まあ、この地震の神様にも気のどくなことはしたので、あとでたんこぶに効く薬を届けさせましょう」
「それにしても……」
白沢はわらび餅を嬉しそうに頬張る筒姫を見て、早く秋にならないかなあと思うのであった。
エピソード終わり 次回に続く




